【やり直し軍師SS-74】ルブラル(下)
どことなく重苦しい空気が漂う謁見の場。
しかしながら、ルブラル王サージェバンスはいつもと変わらぬ様子でゾディアを出迎えた。すなわち、尊大で、強気。
挨拶もそこそこに、サージェバンスはゾディアに質問を投げかけてくる。内容はいずれもルデクのことだ。ゾディアは伝える情報を調整しつつ、対価としてルブラルの内情を聞き出してゆく。
ゾディアは途中から、王との会話に少し違和感を感じ始めた。態度は今まで通りだが、言葉や質問の端々に何か、焦りのようなものが見え隠れしている。
そして婉曲な聞き方であるが、質問はいずれも、ロア=シュタインに関すること。
ーーーもしかして、サージェバンス王は、ロア様を恐れておられる?ーーー
ゾディアの中にもたげた気持ちは、時を追うごとに確信に変わってゆく。
此度のルデクとリフレアの戦い、ゾディアが知る限りではルブラルは静観を決め込んでいた。ならばここまでルデクを、ロア=シュタインを恐れる必要などないはず。
にも関わらず、こうしてゾディアにさえ分かるほどに焦燥を隠しきれていないということはつまり、リフレアと水面下でなんらかの繋がりがあったと自分で認めるようなもの。
それも、露見すればサージェバンス王の立場を危うくするほどの内容ということか。
もしもゾディアの予想通りであれば、確かにルブラルとその王は非常に厳しい立場にさらされる。リフレアが滅んだ以上、ルブラルがリフレア派と見なされた場合、ルブラルの味方はただ一つの国も存在しないだろう。
また、ここまで聞き出したルブラルの状況をまとめると、ただでさえ王の求心力は低下の一途と言えた。
状況はどの国も同じだろうが、ルブラルはルデクやゴルベルと国境を接している分、より悪く出た。
国境を挟んで少し先にあるだけのルデクやゴルベル側の町村からは、旅一座の楽しげな音楽などが聞こえてくる。
それと当然のことながら、ルデクやゴルベル、そして帝国の民に配給された分量と、他の国に配られた食糧の量は違う。
隣国と自国の差は、国境の町村の交流から、次第にルブラル全土へと広まってゆく。人々は思っただろう。「なぜうちの国では同じことができないのか」と。ただでさえプライドの高い国民性だ。その苛立ちがサージェバンス王に向かうのは想像に難くない。
王も王で、何かしらの手を打てば良かったのだろうが、この様子からするに、積極的に動いた感じではない。状況を静観して、引き伸ばした。
サージェバンス王らしいなと、ゾディアは思う。
この王は大きな危機に際して、『保留』を選択する。それはこれまでの付き合いからよく分かっている。
ここからは想像になるが、おそらく、リフレアと何らかの取引をしたにも関わらず、この王は保留を選択したのだ。
もしも、ルデクとリフレアの戦いにルブラルが参戦を決めていたらどうなっていただろう。状況は大きく変わったかもしれない。
結局、サージェバンス王はそれを選ばなかった。故に今の窮地がある。
けれど、ルデクが勝ったからこそ、凶作であっても大陸全土が助かったのだから、この王の保留は大陸の平和に一役買ったと捉えることもできる。
全く皮肉なものだけど、運命とは面白いものだとゾディアは思う。
「ゾディアよ、聞いておるのか?」
苛立ちの混じったサージェバンス王の言葉。
「ええ、もちろんでございます」
ゾディアは微笑みを絶やさない。
「それでは、お前の所感を聞きたい。ルデクはここから覇道を突き進む可能性はないのか?」
「ないでしょう」
即答。それはゾディアが確信を以て応えることのできる質問。
何せ、ロア=シュタイン本人から聞いている。無論別の人間がそのような野心を抱く可能性は否定できないけれど、王の継承権第一位のゼランド王子はあの方の弟子のような存在であるし、帝国との関係もある。
「……そ、そうであるか……」
あからさまに安堵の息を漏らすサージェバンス王。
「しかしながら」
ゾディアが言葉を続けると、サージェバンス王は僅かに震える。
「ロア=シュタイン様は、自分の守りたいものを守るためには手段を選ばぬお方です。それは一国を滅ぼすことさえ厭わぬほどに」
サージェバンス王はもちろん、周辺で聞いていた側近たちも息を呑んだ。
「僭越な発言となることは重々承知でございますが、サージェバンス様。お願いが一つございます」
「な、なんだ。申してみよ」
「くれぐれも野心を以て、ルデクやゴルベルに接することございませんよう。大陸の平和のためにも、どうぞお聞き入れくださいませ」
ゾディアの言葉に、拍子抜けしたような顔をするサージェバンス。
「う、うむ。無論である」
この言葉を聞いたゾディアが、
「流石ご賢明なるルブラル王。そのお言葉、確かにロア様にお伝えいたします」
と口にすると、サージェバンス王は今まで見たことのないような複雑な顔で、ゾディアを無言で見つめるのだった。




