【やり直し軍師SS-73】ルブラル(中)
ルブラルの王都はレンツォという。規模で言えばルデクの王都よりも大きい。
かつて、と言っても数百年以上昔の話だが、ルブラル王国が大陸に覇を唱えんと勇躍した時代があった。現在の帝国にも負けぬほど、版図を広げたのである。
しかし結局内輪揉めにより、巨大国家は崩壊。紆余曲折あり、最終的に版図の一角はゴルベルに、また別の領土はシューレットという国となった。
しかしながら、ゴルベル、シューレット両国共に、現在のルブラル王サージェバンスとは縁戚関係にはない。
ルブラルとして残った国もまた、様々な権力争いによって、かつての王族はその座を退いていたからだ。
むしろ旧ルブラルの王族の血筋を残すのは、シューレット王の方である。
それはともかく、ルブラルはこの2国に対して「自国の領土の簒奪者」という印象を強く持っている。永き時を経ても、その感覚が色褪せることはない。
ありていに言ってしまえば、ルブラルはゴルベルとシューレットを見下している。
その結果、本来の王族筋であるシューレットと何度も緊張状態に陥った事があるし、その際に起きた小さからぬ事件の数々によって、両国は入国監査制度が誕生した。
とは言えそれもまた、かつての話。少なくともサージェバンス王の統治下においては、シューレットとも友好関係を保っている。
……あくまで表向きは、だが。
このような歴史から、ルブラルの民は、本来の大陸の盟主という思いを強く持った誇り高い国だ。裏を返せばプライドが高く、周辺国からすれば鼻につく国民性と言えなくもない。
そんな国の王都に、さきほど到着したゾディアたち。当然だが、この街に来るのも実に久しぶりのこと。
ゾディアが客観的に見たレンツォの街は、思ったよりも落ち着いていた。ここまでの町村であった熱烈な歓迎もなく、ゾディアたちを平然と迎え入れる。
「……相変わらずだなぁ」
ベルーマンの言葉には、少しの含みが感じられる。
そう、この街は良くも悪くも、ルブラルという国を集約して煮詰めたような場所だ。ここに住まうものたちは、安易に下手に出ることを良しとしない。
同時に自分を失わないという美徳も持ち合わせるため、これだけ大きな街にも関わらず、酒に酔って我を失うような不心得者は非常に少なかったりする。
「まあ、レンツォで熱烈な歓迎を受けるなんて、かえって気味が悪くてあまり想像したくないわね」
ゾディアも無難な返事を返す。
一癖も二癖もある人々だが、この街の人々の美意識は大陸でも有数だ。芸事に関しても、目が肥えた住民が多い。
ちなみにルブラルに対抗してか、シューレットの首都の人々も、似たような気質にあるのは少し面白い。
旅一座にとってはシューレットとルブラル両国で認められるということは一人前の一座である査証となる。
例え裏側がどれだけ汚れていようと、表向きは常に美しく、艶やかである街。それがレンツォだ。
ゾディアもこの美しい街並みは嫌いではない。古さと新しさが融合し、通りを歩くだけで目の保養になる。
と、街並みを楽しみながら進んでゆくと、反対方向より騎乗した騎士がやってくるのが見えた。
ゾディア達は馬車を横に寄せて、騎士の通過を待つ。
しかし騎士はゾディアたちの横を通過せず、目の前で止まった。
「報告にあったとおり、確かにル・プ・ゼアであったか。ゾディア、ベルーマン、久方ぶりだな」
「オーヴァル様でいらっしゃいましたか。ご無沙汰しております」
ゾディアが地面に膝をついて挨拶すると、オーヴァルは「良い、楽にせよ」と立つように促す。
オーヴァルは近衛騎士団の騎士長である。サージェバンス王の覚えも良い側近で、ゾディアも何度か食事の席を共にした事があった。
「……では、失礼して。私たちの前で足を止めたということは、何かご用でございますか?」
「ああ。このような依頼は、旅一座に対して礼を失するかもしれんが……」
常に自信に満ちたオーヴァルには珍しい態度。
「さて?」
ゾディアが小首を傾げると、オーヴァルは改めてル・プ・ゼアを見渡す。
「本来であれば市民に芸事を観せ、返礼として食事に招くのが筋だが、今回は順序を違えてもらいたい。ゾディア、王がなるべく早くお前の話を聞きたがっている。歌声の披露は後にして、すぐに王宮に来てもらおう」
オーヴァルの言葉に、一歩前に出るベルーマン。
「オーヴァル様。我々の流儀を違えてまでどのようなご用件で? 失礼ながら、危険はないのですか?」
「なぜ危険があると思う?」
「ご存知と思い話しますが、我々、特にゾディアはロア=シュタイン様と懇意にしております」
これ以上言わなくても通じると思ったのであろう。ベルーマンは口をつぐむ。
「ああ。よく知っている。そして王はそのことでゾディアを呼びつけたのも事実だ。だが、お前らの心配しているような、例えばそうだな、ゾディアを捕らえて何らかの交渉材料にすることはない。というか、できぬ。今、ルデクを怒らせる危険は承知している」
ゾディアはその言葉に少し驚く。この誇り高い御仁が「危険」という表現を使ったことに。
「王は今、情報を渇望している。故にこそすぐにお呼びになられている。他意はない」
オーヴァルの言葉に嘘はないように思えた。
「なんならもう一人二人同行しても構わん。というか、全員で来ても構わぬのだが、お前たちはそう言ったことを嫌がるのであろう?」
「あー、なら。俺、同行してもいいか?」
会話に割って入り、名乗りを上げたのはデンバー。
「こちらは構わん」
オーヴァルの返答を受け、ゾディアとデンバーは王の元へと連れていかれる事になったのである。




