【やり直し軍師SS-70】裏町の乱暴者(下)
現在のゲードランドの顔と言えば、第三騎士団の騎士団長、ザックハートだ。そいつを襲って名をあげる。
そのように心に決めたトールは、その日以降、密かにザックハートの行動を監視し、ザックハートの周辺が手薄になるのを待った。
チャンスが訪れたのは数日後のこと。ザックハートは小雨の降るこの日、一人細道へと巨体を滑り込ませていた。
トールは短剣を強く握ると、声を出さずに気合を込める。幸いなことに雨のおかげで人通りも少ない。細道なら尚更だ。
巨体にも関わらず、軽快な足取りでひょいひょいと進むザックハートの背に、トールは徐々に距離をつめた。
ーーー獲れる! !ーーー
自分の間合いと感じたトールは、一気に駆け出しながら短剣を握り直す。そうしてザックハートの真後ろまで来た瞬間である。
「ふん。ここ数日ワシをつけてきたのはお前か」
首だけ後ろを向いてトールを確認したザックハートは、背後に肘を突き出しながら体を回転させた。
肘は正確にトールの顔面へと迫る。その辺のごろつきであれば、そのまま肘が顔面にめり込んで血飛沫をあげていたことだろう。
だが、
「くそがっ!」
ザックハートが「ほお」と感心するようなしなやかさで、トールはかろうじて肘をかわす。さらに崩れた体勢のまま短剣をザックハートの腕に突き出した。
トールの短剣はザックハートの腕の薄皮一枚を斬る。ザックハートの腕に、うっすらと赤い筋が浮かび、雨によって流れ消えてゆく。
「ととっ」
体勢を立て直し、再び短剣を構えるトール。
そんな様子をヒゲを触りながら眺めたザックハート。
トールの方は至って真剣だが、ザックハートの方は何やら面白い玩具を見つけたように目を細める。
「今の一撃を避けて、なおかつ攻めるか。不意打ちとはいえ、このワシに傷をつけるとは、大したものだな!」
愉快そうにガハハと笑うザックハートの様子に、舐められたと判断したトールは激昂する。
「ふざけるな! てめえの腕一本、もらうぞ!」
再び駆け出し距離を詰めるトール。ザックハートは近くに立てかけてあった箒を手にすると、「ぬうん」と突き出す。
ザックハートが箒を突き出したのはトールにも分かった、しかし、分かっているのにその切先が見えない。それほどまでに早い突き。どこに突き出されたのかはっきりしたのは、トールが吹っ飛ばされたあとのこと。
置いてあった木箱を破壊しながら倒れ込み、いっとき息もできぬ衝撃を受けて、初めて右肩のあたりを突かれたのだと理解した。
すでに決着はついている。ザックハートの突きに吹き飛ばされたトールは、どうにか視線だけはザックハートを睨みつけているような有様だ。
ーーーちくしょう。差がありすぎるーーー
悔しいが、トールとザックハートの実力差は明らか。しかもたった一撃の痛みで逃げることもままならない。
捕まって終わり。そんな未来しか見えない。いや、ここで斬り捨てられて終わりか……
しかしザックハートはそれ以上トールを痛めつけることもなく、興味深そうにトールの顔を覗き込む。
「ふむ。ごろつきにしては良い面構えだが……金で誰かに雇われたか?」
「……違う。俺の意思だ」
「ほお、なぜ、ワシを狙った?」
「裏町で名を上げるために」
その返事にザックハートは再びガハハと笑った。
「面白い。お前、普段は何している?」
「……賭場の用心棒だ」
ザックハートは次々に質問を投げかけ、トールは痛みに顔を顰めながらも答えるという奇妙な時間がしばし続く。
「なるほどの。騙されて金を失ったか。よし」
ザックハートは一人大きく頷くと、トールへ予想外の言葉を投げかけてきた。
「ワシに触れるほどの実力、その辺で遊ばせておくのは惜しい。お主、騎士団に入れ」と。
「ふざけるな! なんで俺が!」
こいつの部下などゴメンだ。そんなことならここで斬られた方がマシだ。しかし、次の言葉にトールは食いついた。
「騎士団でちゃんと鍛錬を積めば、ワシに勝てるかもしれんぞ」
このまま負けっぱなしで終われない。だからトールは、騎士団に入ることを決めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どうだ、ここのポージュは絶品であろう!」
騎士団に入ると決めたトールは、そのまま細道の先にあった小さな食堂へと連れてこられていた。
元々ザックハートは、ここに食事に来るつもりで歩いていたのだという。
裏町ではそう嗅げない美味そうな匂いに、思わず腹が鳴る。口に運ぶと、トリットの酸味が心地よく鼻を抜けてゆく。
「どうだ! 美味かろう!」
執拗に美味いと言わせようとするザックハート。
「……うるせえな。肩が痛くて、味なんか分かんねえよ」
そんな風に言いながら、トールはポージュをひたすらがっつき続けた。




