【やり直し軍師SS-7】義妹(下)
「ね、ルファちゃん! 今日は私の部屋で一緒に寝ましょう!」
父上の連れてきた娘、ルファは瞬く間にザンバードの子らと仲良くなった。
特に娘のリビュアは「素敵な妹ができたみたい!」とべったり。楽しそうに今夜の寝床の相談をしている。
何より、ルファを見る父上の表情よ。厳格で知られ、自分の息子にも容赦のなかったあの父上が、どこぞの好々爺の如く。
ザンバードはルファの天性の人たらしぶりに、密かに若干の恐怖を覚える。
そうか、父上に気に入られるほどの人間だ。ただ可愛らしいだけであるはずがなかった。
「それで、ルファは今後はどうするのだ? うちに住むのか? それならそれで歓迎するが、お祖父様は何も教えてくれんのだ」
息子のデクリアドが紅茶に口をつけながらルファに聞く。それはザンバードも気になっていた。聞けば、今は王都の第10騎士団の宿舎で寝泊まりしているという。
デクリアドの言葉に、ルファは元気よく首を振ると、「大丈夫です! 私はこれでも第10騎士団の団員ですので!」と胸を張った。
「団員? ルファがかい?」
ちょっと驚いたように繰り返すデクリアド。ザンバードもてっきり、第10騎士団に居候しているのかと思っていた。ザックハートに視線を移すと、満足そうに頷く。
「ルファの言うことは本当だ。先だって正式に第10騎士団への加入が認められた」
「こんな小さな娘が第10騎士団!? 第10騎士団と言えば、選りすぐりの者しか入団が許されないと言われているのに……」
「デクリアドよ、見た目で判断するでないぞ。確かにルファは戦うことはできんが、戦巫女として戦場にも同道する。立派な騎士団の一員である」
「戦巫女?」
「うむ。廃れて久しいからデクリアドは知らぬだろう。戦巫女とは戦地にあって、兵士たちを鼓舞する役割を担う娘のことだ」
「娘を戦場にですか? それは少々乱暴では?」
「デクリアドのような考えの者が増えてきたのでな、廃れた。だが、第10騎士団には戦巫女の経験者がおったからな。その者の強い推薦もあった」
「戦巫女の経験者とはどなたですの?」リビュアも興味を惹かれたようで、会話に加わってきた。
「ラピリアだ」
「戦姫ラピリア様が戦巫女だったのですか!? そのような話は聞いたことがありません!」
「まあ、あれの祖父が非公式に連れ回していたようじゃの」
そんな会話を聞いて、ザンバードはやれやれと息を吐く。父上の話を聞くたび、自分は騎士団でやっていくのは無理であったと思い知らされる。騎士団の上層部には規格外しかおらん。
「まあ、せいぜい怪我をしないように気をつけてくれ。まだ出会ったばかりとはいえ、私の義妹になったのだ。この家の者はルファの家族だ。家の者を心配させぬように過ごすのだぞ」
「はい!」
ザンバードの言葉にも、ルファは元気よく返事を返してきた。
こうしてローデル家とルファの最初の顔合わせはつつがなく終わり、ルファは再び第10騎士団のいる王都へと帰っていった。
それからしばらくして、ゼッタ平原で大きな戦いが起き、第10騎士団も参加したという話がザンバードの耳にも届く。
「は? 今、なんと?」
ザンバードは聞き間違いではないかと、報告してきた従者に聞き直す。
「キツァルの砦で劣勢だった我がルデク兵を鼓舞し、見事勝利までの士気を繋いだのは、戦巫女、ルファ=ローデル様でございます。これは王が認めた功績です!」
「…………」
まだ自分の認識が甘かったとザンバードは反省する。既に思い至っていたではないか。あの父上が認めた娘だ。普通ではないということは。
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それからもルファは、父上に連れられて時折ローデル家にやってくるようになった。
家の者はみな心から歓迎するが、ザンバードは出会うたびに内心舌を巻く。
ルファの名声は日に日に高まっている。運命の女神の使徒などと呼ぶものさえおり、騎士団内、特に第四騎士団や第三騎士団での人気は高い。
「そういえばの、王子がルファを随分と気に入っておるようだ」
子らは別室でカード遊びに興じており、ザンバードと妻、そして父上だけが酒を酌み交わす中、父上が不意にそのようなことを口にした。
「王子とは、どちらの?」
「ゼランド様の方だ」
ゼランド王子……。以前は頼りないと評判だったが、ここにきて急速に評価を上げている。王はゼランド王子を後継者に定めたようだと、貴族の間ではもっぱらの噂だ。
「子供の遊びではないですか? それに、元の家は貴族だったらしいとはいえ異国の、しかも子を売るような家では……」
そこまで言って、ザンバードはハッとする。いや、無くはないのだ。今、彼女は”ローデル”なのだ。王の覚えめでたき、ゲードランドの守護者、猛将ザックハートに継がせた貴族。
元々ローデル家は王に近い名家の一つ。歴史は古い。王が父上の功績に対する最大限の敬意を払って、名乗ることを許した家名である。
家格というのであれば、申し分は、ない。申し分はないのだ……
「しかしまだ、2人とも年若いでしょう……」ザンバードは自分に言い聞かせるように繰り返す。
「そうだ。まだ二人とも若い。ルファの方は手のかかる弟程度の認識のようであるしの」
それはそれで良いのだろうか?
「だがの、一応、”可能性”だけは頭の片隅に置いておけ」
ガハハと笑って盃を煽る父上。
ザンバードは少し乾いた笑いをこぼしながら、いや、まさかな。と、ゆっくりと首を振るのだった。