【やり直し軍師SS-69】裏町の乱暴者(上)
ルデクの2大都市の一つ、港町ゲードランド。
ルデク一国に限らず、北の大陸全ての玄関口といって過言ではないこの港町では、連日様々な人間が行き交っている。
人が集まれば商人が群がり賑わいを見せる。賑わいを見せれば、その喧騒に誘われるようにして悪党どもも寄ってくる。
そんな悪党どもが自然と寄り集まってできたのが、通称”裏町”。元はネイザー通りと呼ばれていたが、今ではその名で呼ぶものはほとんどいなかった。
裏町には街の住民はもちろん近づかない。観光客においても、明らかに分かるうらぶれ感に、わざわざ足を踏み入れる物好きは少ない。
騎士団の警戒が強く、物々しい雰囲気でもある。それでも盗品や非合法なものを求め、或いは甘い言葉に騙されて、密かに足を運ぶものは後をたたず、日々、裏町で痛い目に遭って騎士団に駆け込んでくる。
そんな裏町の一角、潮風が入り込み妙にジメジメした建物の中で、昼間から酒を飲みながら博打に興じている者達が多数。
やっているのは札合わせという遊びだ。同じ絵柄を揃えるのが基本ルール。揃えた札に点数が決められており、組み合わせによって高得点に変化することもある。
胴元が集めた点数よりも多くなれば勝ち。足りなければ負け。単純ではあるが分かりやすく、ごろつきどもの定番の博打の一つだ。
「ああ、ちくしょう! イカサマでもしてんじゃねえのか!」
負けの込んだ男が、手にしていた札を胴元へと投げつける。
「……お客さん、困りますよ」
日常茶飯事の出来事に、低く冷静な声を出す胴元。
「う、うるせえ! イカサマなのは分かってるんだ! 金なんか払わねえからな!」
怯みつつもなおごねる客に、胴元は「おい」と、奥で壁に凭れていた男に声をかけた。
「ああ」
短く返事をして客の肩を掴む男。
「痛えな! 離せよ!」
激昂する客に、男はさらに力を込めてゆく。
「痛え!! 腕が取れる! やめろ! やめろって! いでええええ! やめでぐだざい!」
最後は悲鳴と共に懇願に変わる客に、胴元が頃合いと声をかけた。
「金を払うか、腕を無くすか……選べや」
「ばらう!! ばらうがら!!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら頼み込む客を見て、胴元はようやく、男に力を抜くように指示を出した。
力ゆるめ一仕事終えた男は、元いた壁に戻り、腕を組んで再びもたれかかる。
ーーーつまんねえなーーーー
若きトール=ディ=ソルルジアは、何の感情もないままに、再び始まった博打を冷めた目で眺めていた。
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トールが裏町にやってきたのは単純で良くある話。
元々曽祖父が一旗あげようと家族で南の大陸からやってきて、見事に失敗。ルデク北部で失意のうちに没する。
残された家族は北部の寒村で細々と生活していたのだが、トールはそれが我慢ならなかった。そこで人生の一発逆転を狙って、寒村に両親を残し、ゲードランドにやってきたのである。
ところが、若いトールは詐欺師に唆されて有り金を失った上、借金を背負わされた。文句をつけようにも唆した本人はどこへ行ったか分からない。
納得のいかなかったトールは、無一文で裏町に乗り込んで、詐欺師を探し回り、その途中で何度か揉め事を起こして相手を叩きのめした結果、その腕っぷしを気に入られ、用心棒として雇われていた。
「こんなはずではない」
賭場が閉じ、仕事を終えたトールは深々とため息をつく。
しかし、他に何かをするにも借金がある、そして一度裏町に堕ちたものが、この街で普通の仕事にありつくのは難しい。
一応、海軍で人手を募集しているらしいが、トールが仕官するには大きな問題があった。
泳げないのである。そしてすぐに、船酔いする。
トールもまさか自分が、これほどまでに海に弱いとは船に乗るまで思ってもみなかった。
元々山の中の小さな村の出身であり、水といえばせいぜい膝丈程度までの川か、ちょっとした池しか知らなかったため、泳げなくて困ることはなかったが、ここまで揺れに弱いのは大いなる誤算であった。
しかし、騙されて無一文になって、情けなくおめおめ逃げ帰るのは嫌だ。そもそも帰るにも金もない。まして、年中船の上で暮らす海軍など論外。トールは小さなプライドに縛られ、完全に身動きできなくなっていた。
「……まあ、こうなったら、仕方ねえか」
いよいよもってトールは腹を決めた。
この裏町でのしあがるしかない、と。
そこでトールは考える。どうするのが手っ取り早いかを。
裏町の大物悪党をぶっ倒すか? いや、そのあとが面倒そうだな。長く揉めそうだ。来たやつを全部ぶっ飛ばしてもいいが、効率が悪すぎる。
自分で部下を集めてのしあがるか。しかし、時間がかかるし親しいやつもいない。人を集めるきっかけがなかった。何か、俺についてゆきたいと思わせる理由が必要だ。
ぐだぐだと考え事をしていたら、ついついネグラを通り過ぎてしまった。頭を振って、戻ろうとしたところで視線を感じる。振り向いたところにいたのは警備中の騎士団の兵士。
こちらを睨んでいるので、睨み返してからふと、気づいた。
そうだ、騎士団の偉いやつをぶっ飛ばすのはどうだ? それなら裏町の奴らから尊敬されるような気がする。うん、悪くない。その方法を試してみるか。
騎士団になど手を出したら、死ぬまで騎士団から追い回されることに、トールはまったく思い至らない。
若さゆえか、非常に短絡的で愚かな選択であったのだが、本人は至って真面目に良い考えだと満足な気持ちになりながら、意気揚々と歩き出すのであった。




