【やり直し軍師SS-66】漂流船騒動(南)④
穏やかな陽だまりを浴びながら、珍しくのんびりした一日を過ごしていたダス。普段忙しいのに、たまにこういった何もない日というのがあるのは面白い。
しかしその日は心安らかに終わることはなかった。執務室で紅茶を楽しんでいたダスの元へ、慌てたドランが飛び込んできたのだ。
ドランのこのように取り乱した姿を見るのは初めてだ。驚いたダスは紅茶を傾けたまま固まってしまい、入れたてのお茶が危うく膝にかかるところだったほど。
「ドラン殿、どうされたのだ?」
「姫様がルデクで拘束されました。保護されたといった方が正しいのか……」
「なんと!? 事実か!?」
「いや、正確なところはまだ……」
ドランにしては要領を得ない言葉に、ダスは苛立ちを隠さずに、「どういうことなのですかな?」と食ってかかる。
「情報源はルデクから戻ってきた商人です。商人がルデクを出航して南へと帰るのと入れ違いに、当国の旗を掲げた船が、軍船に連れられてゲードランドに曳航されていたそうです。それを当国の商人に話し、私の元へ」
「旗を見間違えたという可能性は?」
「全くないとは言えませんが、可能性は低いでしょうな。国の旗に似せたものを掲げる船など聞きません。そして今、我が国の旗を掲げているのは、ルルリア様の乗った船しかない。さらに、商人が見かけてから、もうかなりの時間が経っているというのも……」
ドランの表情が厳しいのは、この大幅な時間の喪失もあるか。こちらが何の手も打てぬうちに時が経ってしまったのは確かに痛い。
「しかし……なぜルデク近海をうろうろしていたのですかな? 本来の航路では直接グリードルへ向かう手筈だったのでは?」
「その辺りはまだ不明です。何せ、今しがた連絡が来たばかり。王には一報をお知らせし、その足で貴殿のところへやってきたのです。どうあれこれだけ時間が経っていれば、近々ルデクかグリードルから何かしらの使者があるはず。貴殿にはルデクに急ぎ向かってもらう必要があるかもしれません」
非常にまずいことになったのかもしれない。フェザリスとルデクの関係は良くも悪くもないが、ルデクとグリードルは戦争中だ。ルルリアの乗った船は南の大陸までグリードルが迎えに出した物。乗組員の大半はグリードルの兵士だ。
考えたくはないが、道中でルデクの軍船と揉めたのかもしれない。こんな事ならダスも自分の商船を同行させるべきであった。
それをしなかったのは、グリードルへの配慮からだ。なるべく密かにルルリア姫をグリードルに送るための対処が裏目に出たか?
「分かりました。すぐに商船を置いている港へ向かいましょう」
「よろしくお願いします。私は引き続き集められるだけの情報を集め、早急に貴殿にお知らせすることにします」
ダスは文字通り馬に飛び乗ると港へ急ぐ。
馬を走らせている間、何度か嫌な想像が頭をよぎり必死になって振りはらった。
冷静になれ。今、自分が慌てたところでどうにもならぬのだ。
とにかく、考えられるルデクの対応と、それに対してどのように動くのが最適かを想定しておかねばなるまい。
ルデクとてルルリア姫がフェザリスの者だと分かれば、早々無茶なことをしないと信じたい。いや、しない可能性が高い。
ルデクは貿易国家だ。万が一南の大陸の姫を処刑などしよう物なら、南の反発は小さくない。そのような事をするほど愚かではなかろう。
そのように思い至り、ほんの少しだけ頭の中がスッキリした。冷静に考えれば分かりそうなことに全く思い当たらなかった辺り、自分でも気付かぬうちに相当心を乱していたようだ。
では、姫は単純に拘束されているものとして考えよう。選択肢は大きく分けて3つ。追い返すか、とどめ置くか、帝国へ送る。
この中ではグリードルへ送るのが一番なさそうではある。あり得るとすれば、グリードルが金で解決するような決着ならば、といったところか。その場合は当然、我が国より金を回すことになるだろう。
吹っかけられるか? いや、金で解決できるのであればそれに越したことはない。
追い返された場合はどうか? この場合は我が国との友好を鑑みて、といったところだ。何かしら不利な条件が出されるかもしれないが、こちらとしては飲むしかないだろう。どこまで飲めるか、ドランと相談しておかねば。
最悪はとどめ置かれる場合だな。
ルデクが姫を引き渡さない。今考えうる中でこれが一番最悪だ。グリードルの後ろ盾も失い、姫も失い、フェザリスはルデクの風下に置かれることになる。
ルデクからすればグリードルの面子を潰し、フェザリスの弱みを握ることができる。婚儀によりフェザリスがグリードル寄りの国だと判断されれば、このような措置は充分にある。
ならばこのダスがやるべきは、とにかく姫を取り戻す方法を考えるべきか。
ここが外交官としての正念場となるかもしれん。必死に頭を回し、私財を投げ打つ覚悟さえ決める。
ダスの向かう先には不穏な雲が広がっていた。その雲に飛び込むような気持ちで、乗っていた馬に強く鞭を入れた。




