【やり直し軍師SS-65】漂流船騒動(南)③
ダスが帝国との婚儀を母国に持ち帰ると、フェザリス王は即座に動いた。南の大陸中の国々に、広くその事実を喧伝したのだ。
これは覿面に効果を発揮した。帝国と顔をつなぎたい各国が、フェザリスへ祝福の使者を送ってきたのである。その国の数を見た隣国アンダードは「形勢不利」と見て、表だった動きを止める。
「ダスよ、よくやってくれた」
ダスは満足そうな王に恭しく頭を下げ、顔を上げると王の隣の人物に視線を移す。
「ドラン殿の策が上手くハマりましたな」
そのように返すと、ドランと呼ばれた男は王と同じく満足げにダスへ頭を下げる。
「私の策など机上のもの。実際に成し遂げられたのはダス殿の功績」
そつのない答えにダスも黙礼を返しながら、やるものだと密かに感心していた。
このドランという男、ダスと同じようにフェザリスの出身ではない。別の国で不遇を託っていたところを、フェザリス王が招き入れたのだ。
フェザリスは小国であるが故に、こういった抜け目のなさは商人にも通じるようなところがある。
ドランはフェザリス国内でメキメキと頭角を表し、今では王にとって欠かせぬ知恵者となっていた。
まだ国外では無名に近いが、その名が南の大陸に轟くのは時間の問題ではないかとダスは見ている。
今回の帝国との婚儀も、元はドランが献じた策であった。海を隔てた遠国との婚儀には、流石に王を始めとした重臣たちも難色を示した。それらを説得したのはこのドランである。
この男がいれば、フェザリスは安泰であろう。そう思わせるだけの才を有する人物だ。
他国からやってきてフェザリスを支えているという点や、比較的歳が近いという共通点から、ダスとドランはお互いに仲間意識の強い付き合いをしている。
ドランの策がこれ以上ないものだというのは、ダスも納得できた。だが、同時に頭によぎるのは、ルルリアの存在だ。
ーーー「私がフェザリスを大きくするの。貴方、手伝ってくれない?」ーーー
そのように屈託なく笑い、ダスを勧誘したあの姫を他国へ送り出すのは、どうにも惜しいようにも感じる。
しかし同時に、あの気難しい皇帝と上手くやり合うことができるのは、ルルリアしかいないとも思う。
今、この国は皇帝の機嫌を損ねるわけにはいかない。あの小柄な姫君はそれを十分に理解しているであろう。
ダスがフェザリスに帰還してしばらく後に、たまたまルルリアと2人で言葉をかわす機会があった。
この3年間でダスは改めてルルリアの才能を認めているし、ルルリアもダスの手腕を高く評価してくれている。そのため互いに忌憚のない意見を交わす程度には信頼しあっている。だからこそ、ダスは単刀直入に聞いてみる。
「ルルリア様は帝国に嫁がれることをどう思っているのですか」と。
その返事としてルルリアは、何やら箱を持ってきた。
「この中にはグリードルの第四皇子から送られてきた手紙が入っているの。見て構わないわよ」
「……では、失礼して」
適当に目についた手紙を開くと、そこに書かれていたのは第四皇子が治めている領地がどのような場所なのかを説明するものであった。
気候なども書かれており、南の大陸よりも少し寒く感じることもあるかもしれないので、上着を準備しておくなどの文言も見受けられる。
これからやってくるルルリアが不安に感じぬようにという気遣いに溢れた内容だ。皇帝の思惑はともかく、少なくとも、この第四皇子はルルリアを政治の道具とは見ていないように感じられる。
「……まだ顔も見ていない相手だけれど、楽しくやれそうな気がするわ」
元々豪胆な姫ではあるが、一人重責を担い嫁ぐというのに、実に自然体でそのように言うルルリアに、娘ほど歳の離れたダスは頭の下がる思いであった。
そうして迎えたルルリア出発の日。
皆が涙を浮かべて言葉をおくる中で、ダスはその輪から少し離れた場所からその様子を眺めていた。隣にはドランの姿もある。
「……挨拶に行かなくて良いのですかな?」
ダスの言葉にドランは小さく首を振った。
「私は仕官して日も浅いですから、私の分まで他の方に時間を使っていただきましょう。それに、姫に苦労を負わせる張本人ですから」
「ルルリア様はそのようなことは気にしないと思いますぞ」
「…ご本人はそうですが、周囲の方の気持ちが、ですね」
「言われてみれば、それもあるかもしれませんな」
「むしろ、ダス殿は良いのですか?」
「私は帝国でも顔をあわせる機会がありますから。他の方にお譲りしました」
「なるほど」
ドランとそのような会話をしている間にも、ルルリア出立の時間は刻一刻と迫っていた。




