【やり直し軍師SS-64】漂流船騒動(南)②
「婚儀だと?」
その一言だけで、ダスは肌がひり付くように感じる。相変わらずとんでもない威圧感を放つ御仁だ。
グリードル帝国の初代皇帝、ドラク=デラッサ。ダスは商売でも何度か顔を合わせているが、それでもこの感覚は慣れない。
一言で言えば、常に自分の首に刃物を当てられているような気持ちであろうか。ヒヤリとした感覚がずっと首元にあるといえば、伝わるか。
ダスはフェザリス王の意向を受けて、グリードル帝国で皇帝に謁見していた。用件はフェザリスとの同盟と、ルルリア姫の縁談。
皇帝には4人の息子がいる。
そのいずれかとなんとか話をまとめられれば良いが、最悪、皇帝が適当な男を養子として、そこに嫁ぐような形になっても文句は言えないほどに、国力には差がある。
だが、こちらから差し出すのがルルリア姫である以上、ダスとしてはなんとか満足のゆく返答を掴み取りたいところであった。
「左様でございます。我が王は、陛下とのより深い親交を望んでおられます」
ダスが深々と頭を下げても、皇帝の雰囲気は変わらない。
「南の大陸から、我がグリードルへの縁談を持ち込んだのは貴様が最初ではない。はっきり言えば、片手で足りぬほどだ」
皇帝の言葉はダスにとって予想通りと言えた。尤も片手で足りないという言葉は誇張であろう。
グリードルと誼を通じたい国は、おおよそ予想できる。その中で適齢期の姫がいるのは2〜3国だ。おそらくそんなものか。
しかし、ダスはそのようなことおくびにも出さずに、話を続ける。
「さすが皇帝陛下。そしてグリードルですな。して、他国はどのような手土産を?」
ダスの返答に皇帝は初めて面白そうに片眉を上げた。
「他国のことは良い。そのように言うからには、お前の国は土産を準備してきたのだろうな? 話せ」
「畏まりましてございます。まずは、我が国の資源の優先輸出権」
「……資源豊富なお前の国らしい提案だ。しかし足りんな」
皇帝の言葉に、ダスは首を振った。
「恐れながら、私は、まず、と申し上げました」
「ほお、他に何があると言うのか?」
ダスは改めて居住いを正すと、その場に座り込む。帝国にそのようなしきたりはない。皇帝は怪訝そうな顔でダスを見た。
「なんのつもりだ?」
「これから申し上げますこと、あくまでこのダスからの提案であり、万が一それが誤りであったと陛下が断じた場合は、全ての責任はフェザリスではなく、この、ダスに」
「お前ほどの商人がそのように言うか……分かった。話せ」
ダスは一度目を閉じ、それから言葉を紡ぐ。
「我が国から出すのは、我が国の至宝とも言える人材でございます」
「言っている意味がわからんな。此度は縁談の希望ではなったのか?」
「仰せの通り、縁談のお話です。そして、我が国が差し出す姫こそ、我が国の至宝」
「……続けよ」
「時に陛下、このダスが各国から頂戴したお誘いを、お断りし続けていたことはご存知かと思います」
「ああ。その断られた国の一つがこのグリードルだからな。説明されるまでもない」
「この非才の身に過分なお話ではございましたが、私は商人が性分に合っておりましたゆえ。しかし、そんな私を翻意させたのが、此度の姫」
皇帝はその言葉を聞いて、しばし沈黙。それから徐に立ち上がると、乱暴な足取りでダスの目の前までやってきた。
「我が国に嫁ぐという娘の齢は?」
「先日19と相成りました」
「まだ小娘とも言える姫に、お前ほどの男が絆されたと? ……惚れたか?」
単刀直入な皇帝の言葉。ダスはそんな皇帝を見ながら少し、笑う。
「左様ですな、あの才に惚れました。姫は私に「商人なのに商機も掴めぬか」と仰いました。続けて「私が商機である」と」
「俺のところに出すという事は、継承権一位ではないだろう?」
「はい。しかし、私はかの姫に確かにただならぬものを感じました」
「小娘に?」
「ええ。小娘に」
鋭い視線で睨む皇帝に、ダスは穏やかな笑みで返した。誇張でも、虚偽でもない。事実である以上、ダスが恥じ入ることなど何もない。
しばしして、折れたのは皇帝。
「ふん。その小娘に興味が湧いた。……ロカビル!」
「はい」
居並ぶ諸将の中から呼ばれたのは、皇帝の実子。第三皇子だ。
「お前、嫁はいるか?」
乱暴な言葉に、ロカビルは首を振った。
「今は希望してません」
あっさりとした返事に、皇帝は拘泥することなく再び問いかける。
「ビッテガルドにはレヴがいるからな、フィレマスかツェツェドラか」
皇帝の呟きに、ロカビルは業務報告のように淡々と答える。
「ならばツェツェドラですね。失礼ながら、フェザリスの国力を考えれば、継承権の高いフィレマス兄上とは不釣り合いです」
フェザリスからすれば侮辱に近い発言であるが、それを許されるのが、今のグリードルだ。ダスは座ったまま視線を床に向け、ただ、沈黙。
「……なら、ツェツェドラに嫁がせる。ダス、フェザリス王にそのように伝えよ」
「……ありがたく。そして、おめでとうございます」
「ふん。お前の言葉が偽りであるのなら、その姫共々お前を我が国から叩き出すだけよ」
こうして、グリードルとフェザリスという、大国と小国の釣り合わぬ婚儀は成立したのである。




