【やり直し軍師SS-62】リヴォーテの日記⑥
王の別荘は少々変わった場所に建っていた。一言で言えば山のほぼ頂上である。
標高はさしてなく、道も丁寧に造成してあるので、到着するのには何の苦労もなかったが、ルデク王家は随分と辺鄙な場所に別荘を作ったものだ。
聞けばここは、夏場の避暑地の一つらしい。ゲードランドから船で行く離島と、ここに来るのが夏の通例と王子の説明があった。
確かに涼しい。まだ季節が少し早いので、朝晩は冷えるくらいだろう。実際、この日記を書いている今、部屋にいても上着を羽織って丁度良い。
しかし今回はゼランド王子が頑張っているなという印象を受ける。政治的な話ではない。ルファとのことだ。
王子は随分と本気であの娘のことを気に入っているようだ。確かにルファは中々見どころのある娘ではある。養女とはいえ、ルデクでも有数の家の娘だし、本人も第10騎士団の一員として一目置かれる存在となっている。
しかしルファ本人はどうなのだろうな。今一歩王子の気持ちは伝わっていないように思う。ルファに近しい第10騎士団の者たちは、ただただ温かく見守っているようだが、少々先は長そうだ。
とはいえ、今回の王子は積極的にルファをエスコートしている。せめて、少しでもあの娘に伝わると良いのだが。
伝わるといえば、ゼウラシア王やザックハートは王子の行動をどのように思っているのだろうか?
一見俺には関係ないように思うが、もしも王子が本気でルファを妃に迎えるつもりであるのなら、将来の同盟国の王妃ということになる。
機会があればそれとなく聞いてみるか。
そろそろ眠たくなってきた。
少々食い過ぎた。別荘の料理は意外なことに野菜中心であった。この辺りは標高が高く、他の地域とは異なる時期に旬を迎える野菜が多数あるそうだ。
なるほど、良い肉だけが贅沢ではない。このような楽しみ方も王族ならではであろう。
特に、新鮮なパラメードを軽く茹でて、濃厚なソースをかけたものは美味かった。シャキシャキとした食感と清涼感のあるパラメードに、チーズを混ぜたソースが絡まり、肉にも負けぬ力強い味わいであった。
パラメードの鮮やかな緑が、白いソースによって引き立った見た目も良い。
実に美しい料理である。
パラメードがメイン料理足りうるとは、恥ずかしながらこの時まで思いもよらなかった。世界は日々学びに溢れているものだ。
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翌朝、気候の違いからか妙に早く目覚めた俺は、静かに部屋を出る。せっかくだ、早朝の景色を楽しもう。そう思い、別荘のバルコニーへと向かった。
到着したバルコニーの入り口。そこで少し首をかしげる。
バルコニーの扉が少し開いている。先客がいるようだ。
双子だったら面倒だが、あやつらは宵っ張りな上、良く眠るので、こんな時間に起きていることはなかろう。それにあやつらであれば、もっと騒がしいはずだ。
少しだけ警戒しながら扉を開けると、そこにいたのはルファだ。物音に気づいたルファは、俺を確認してニコリと微笑む。
「おはよー、リヴォーテ。早いね」
「ああ、おはよう。お前の方が早いな」
「うん。ちょっと目が覚めちゃった」
「そうか」
「あ、風景見にきたんでしょ、ほら、見て! すごいよ!」
ルファに促されて景色に目をやる。
「おお、これは……」
下界には濃い霧がかかり、一面が白くなっている。まるで雲の上にいるような錯覚を覚え、流石の俺も思わず声が漏れた。
「ねー、すごいよねー」
しばらくは2人揃って、風景をゆっくりと楽しむ。しばし景色を堪能したところで、俺はふと思った。
今、聞いてみるか、と。
無粋かもしれんが、良い機会だ。
「……その……ルファ、お前は王子のことをどう思っているのだ?」
「……どうって……良い子だと思うよ」
「……そうか。それはあれか? 世話のかかる弟のようなものか?」
「……うーん、それもあるかな……でも……」
続きを待つ俺の目に、一際明るい光が飛び込んでくる。
「あ、日が昇る」
ルファの言う通り、日の出の時刻を迎えたか。
何となく話はそれまでとなり、また黙って幻想的な日の出を楽しむ。
チラリとみたルファの横顔。
赤く頬を染めたのは、朝日に照らされたものなのか、それとも別の理由か。結局俺に判別することは叶わなかったのである。




