【やり直し軍師SS-61】リヴォーテの日記⑤
ゴルベルの若き王、シーベルト=アベイルと明日、会う。
直接会うのは2度目だが、物腰の柔らかい人物だ。ともすれば、王としては頼りなくも感じかねない。
皇帝陛下やルデク王とは対照的と言える。
しかしながら、実父を蟄居させて王座を簒奪した手腕、そして不確定要素の多かったルデクに対して、降伏のためにルデクの王都まで足を運んできた決断力を鑑みれば、決して侮れない相手である。
そういえば、シーベルト王の実父は監禁状態であった部屋から逃げ出したまま、未だに行方不明らしい。
見つかっていないということは、どこかの国の王に匿われている可能性が高いと思われる。考察するに、適当なタイミングでゴルベルに何かしらの取引を持ち込むつもりであったのだろう。
しかし凶作の一年が過ぎ、北の大陸の力関係は劇的に変化した。ゴルベルは大陸でも一番の小国に成り下がったのと同時に、ルデクとグリードルという強力な後盾を手に入れた。
もしも今、ゴルベルにちょっかいを出そうとすれば、必然、ルデクが出てくる。そしてゴルベルの前王はルデクからの印象が悪い。下手な手を打てば、ルデクとグリードルを敵に回しかねない。
既に前ゴルベル王は完全にお荷物であるのだろう。故にこそ、どこからも保護の話が出てこない、いや、出せないのだ。
まあ、生きていればだが。
もしも俺がどこかの王であったなら、このような危険な存在は早々に始末する。それが一番安全だ。
そのように考えると、ゴルベルの前王はもう生きてはいないかもしれん。尤も、俺には関係のない話だ。
それはともかくとして、今回の街道視察にやってきたゴルベルの面々は、ちょっとした手土産を持ってきていた。
山羊肉と山羊のチーズだ。
グリードルではあまり聞かないが、ゴルベルには山羊を食す文化があるらしい。
俺たちと合流した夜は、ゴルベル兵が中心となって山羊肉料理を振る舞ってくれた。
山羊肉……野趣溢れる独特な風味があり、最初は違和感を感じたが、じっくりと味わってみると、この臭みがクセになる。
特に山羊肉のスープは非常に美味しかった。
一度香りに慣れてしまえばこちらのものだ。同様に癖のあるチーズも、パンに乗せて辛味の強い香辛料を振りかけて焼くと、立派な一品料理になる。
山羊か……グリードルでも育成できないものだろうか?
しかしやはりこのクセがどこまでグリードルの民に受け入れられるかだな。いや、俺が知らないだけで、我が国でもどこかの街で山羊が食されている可能性はないだろうか。
今度、同僚に問い合わせてみようと思う。
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「ゼランド王子、ロア殿、ご面倒をおかけしますが、シャンダルのこと宜しくお願いします」
「承りました。ご子息の安全は我々の誇りに賭けて保証いたします」
ロアの返事に軽く頷いたシーベルト王は、実子に視線を移す。
「シャンダル。しばらく見ないうちに随分と立派になって父は嬉しく思う。引き続き、ゼランド王子やロア殿から様々な事を学ぶが良い」
「はい!」
元気の良い返事をするシャンダル王子に、ゴルベルの兵士がみな暖かく、期待のこもった視線を注いでいた。
シャンダルが順調に成長すれば、ルデクとより強い絆を持つ王となる。現状、ゴルベルにとっては、王子が明るい未来の象徴のように映っているのだろう。
「本当は王都ヴァジェッタまで伺えれば良かったのですが……」
ゼランド王子が申し訳なさそうに言った。ゴルベルの王都まで行くことができれば、シャンダルは母とも再会できただろうから、それに対する言葉かもしれん。
「いえ、当面は貴国に預けた身。シャンダルも覚悟の上です」
シーベルト王の言葉に、シャンダルも強く頷く。
「……とはいえ、シャンダルのことは抜きにしても、ゼランド王子やロア殿には、落ち着かれたら一度ヴァジェッタにお越しいただきたいものです。そちらの双子も。少々面白いものをお見せできるかもしれません」
「面白いもの?」
ぜランド王子が首を傾げると、ゴルベル王は穏やかな表情で続ける。
「ええ、以前双子の騎士殿より教えていただいた競い馬、ヴァジェッタの郊外に、競い馬専用の競技場がそろそろ完成しそうなのですよ」
「ええ!? 競い馬専用の競技場ですか!?」
なんの事か分からんが、ロアの驚きようからするに、意外な出来事らしい。
「はい。ある貴族が競い馬に随分と執心でしてね。私財を投げ打ってでも競技場を作りたいというので、その者を中心に建設を進めていたのです」
「ロアロア、見たいぞ」
「ロアロア、いっそこのまま遊びに行こうぜ」
双子の進言に苦笑するロア。
「まだ完成前なんだから、完成してからでいいじゃないか」
「……まあ、それもそうだな」
「約束だぞ」
引き下がった双子に、王たちからも笑いが漏れる。
「聞いた通り、双子も楽しみにしているので、いずれ必ず」
「いつでもお越しください。歓迎しますよ」
俺はその会話を聞きながら、王都ヴァジェッタも山羊が名物なのだろうか? 是非とも同行しなければなと、しっかりと心に刻むのであった。




