【やり直し軍師SS-607】知られざる戦い(7)
ゼッタ平原南部、山裾の岩の裂け目に薄汚れた男が飛び込んでゆく。
裂け目は狭く、蔦の絡んだ目立たぬものだが、洞窟内は意外に広い。
幾つもの部屋に分かれた窟内の、一番奥の部屋に飛び込んだ男は、開口一番、
「お頭、でかいシノギの話が!」
「馬鹿野郎! でけえ声でそんな話するんじゃねえ!」
どちらも窟内に反響する大声だ。窟内にいたごろつきどもが、何事かと集まってくる。
「すいやせん。けど、久々に旨い話ですぜ、お頭」
「お頭と呼ぶな、ロッゴロッゴ様といえ」
「へい、すいやせん」
ルデクとゴルベルの戦いが始まってから、ゼッタ平原を通る商人はめっきり減った。
ただでさえ商隊の襲撃は様々な条件を満たさなくてはならず、儲けは大きくとも、成功率は存外低い。今はその機会さえ得られず、商売上がったりである。
「でかい、でかいというが、何でもかんでも襲えばいいってもんじゃねえんだ。それに今は、別の収入もあることだしな」
ちょうど先ほど、例のやつが金を持ってやってきたばかりだ。全く表情を動かさず、言葉も最低限の不気味な相手だが、金払いは良い。
「そうですか……じゃあ……」
「待て、まずは話を聞かせろ。襲うかどうかはそれから決める」
ゴルベルの依頼は割のいい副収入だ。ロッゴロッゴ達は自ら危険を犯さずに、金を手に入れ、他の悪党仲間にも幅を利かせられる。
しかし、こんな仕事がいつまでも続くわけではない。ゴルベルにせよ、ルデクにせよ、どちらかが勝てはそれで終い。
正直どちらが勝とうと興味はないが、どちらかといえばゴルベルに勝ってもらいたい。ルデクが勝てば、今回の動きを恨みに思って、野党狩りが本格化するかもしれねぇ。
できれば、決着がつくまでにはケツを捲って逃げる。そのためには金はいくらあっても困らない。
ロッゴロッゴに促されて、部下が耳にした情報を話し始める。
「今度、ルブラルで名家の婚姻があるらしいんです。で、急ぎで婚礼調度を届けるために、商隊がゼッタを強行通過するって噂が」
「婚礼調度? わざわざルデクからか?」
「嫁ぐのがルデクの貴族の娘とかで」
「しかしルデクの貴族なら、ゼッタ平原の状況を知らんわけがないだろう?」
今の状況下では、野盗どころかゴルベルに襲われる恐れの方が高い。
「お、俺もそう思ったんですけどね……」
「ちょっと待て、そもそもその話、どこで聞いた」
「アコルの村の酒場っす。隣にいた奴らが下見に来たとかで、ボソボソそんな話を」
「ほお」
「で、そいつらが言ってたんですよ『もしゴルベル兵から見咎められても、ルブラルへの荷物だといえば大丈夫だ。ゴルベルも、ルブラルとまではことを構えるつもりはないはずだ』って……」
なるほど。ゴルベルだって、一度に幾つもの敵と作るわけにはいかねえってか。
「だが、それならゼッタ平原のど真ん中を突っ切るんじゃねえか?」
それをやられると、ロッゴロッゴに限らず、野盗たちは手が出しづらいのだ。元々ゼッタ平原は中央部分に集落がない。これは、昔からこのあたりが度々戦いの場となってきた歴史から。
せっかく集落を作っても、今回のような戦いが起これば瞬時に灰だ。先人たちが何度も苦い思いをした結果、ゼッタ平原の集落は、南北の山沿いに集中している。
だからこそ悪党の出番がある。
だが、規模が大きな商隊の場合、集落を経由せず、道なき道を無理やり突破することも珍しくない。
あいつらは、不便でもそれが一番安全だと知っているし、それをできるだけの食料や人足を雇う金がある。
「そこが違うんっすよ!」
ロッゴロッゴの懸念に胸をはる部下。
「何が違う?」
「流石にゴルベルとルデクがやり合っている真っ只中は抜けられねえ。できればゴルベルを刺激しないで、なるべく目立たず、速やかに通過するために南の道を通るってぇ話で」
アコルの村は、南の道ぞいの集落だ。アジトからほど近いところにある。そこに下見の奴らがいたってことは、南側を抜けようと考えている。……確かに理屈には合っている。
……まあ、失敗したら逃げればいいだけか。
ロッゴロッゴは決めた。
「おい、このシノギは俺たちのものにする。そうだな、ちょうど、ゴルベルから金も入ったばかりだ、他の悪党に別の場所で暴れてもらおう。そうすりゃあ、ルデクの騎士団はそっちにかかりきりになんだろ。おい、動ける悪党に金を持っていって、また挑発するように通達しろ。それから『商隊の件はうちの獲物だから手を出すな』と」
うまみのでかい話だ。普段なら早い者勝ちか、連合を組むところだが、今はこちらが命令をできる立場にある。
「へいっ!」
顎で使っている別の悪党どものところへ部下をやると、ロッゴロッゴは安酒を豪快に煽るのだった。




