【やり直し軍師SS-603】知られざる戦い(3)
―――これはまた、惨憺たるものだな―――
奪還されたキツァルの砦へ帰還したボルドラスは、その現状を見て大きくかぶりを振った。
塁壁はもちろんだが、中もひどいものだ。
執務室に入ると、ここも荒れるに任せており、怒りを通り越して呆れてくる。
「第一の者たちは、片付けるという言葉を知らんのか」
キツァルの砦がここまで酷い有様なのは、ゴルベルの仕業が大きいが、味方である第一騎士団にも多少は責任があると言わざるを得ない。
キツァルの砦がゴルベルに奪われたのは、ボルドラスにとっても「まさか」という出来事であった。
ゴルべルの動きは、それほどまでに唐突な翻意であったのだ。
全ての始まりは帝国からである。
旭日昇天の勢いで領土を広げるグリードルが、ついにルデクにも宣戦を布告した。
対するルデクは内部で一悶着必生する。
第一騎士団が出撃を拒み、その態度に業を煮やしたゼウラシア王が新たに2つの騎士団を創設。そのひとつの騎士団長に、自ら就任するという強硬に出たのである。
中央でどのようなやりとりがあって、そのような結果となったのか、ボルドラスには分からない。
ゼッタ平野のあたりでは、中央の情報が乏しいためだ。かすかに届いた噂によれば、第一騎士団の政治的な駆け引きとも聞く。
ともかく、対帝国は第10騎士団という新しい騎士団を中心に据えることになった。騎士団長はゼウラシア王だが、実質的な指揮官には無名の兵が抜擢された。
王の強権で指名を受けたレイズという名の指揮官は、帝国に対抗するため、各騎士団から人材をかき集める。
ただ、他の騎士団への配慮か、実力はあれど、やや難ありといった人材を好んで呼び寄せていたように見えた。
結果、できたのは曲者集団である。個性派を集めても御し切れると考えた、若き指揮官の自信が垣間見られたともいえよう。
しかし将はともかく、兵は無限に湧いてくるわけではない。
レイズがいくら才能に溢れようが、素人を連れて戦いには出られない。そこで王より、第四騎士団、第六騎士団を中心に招集がかかったのである。
両騎士団の通常の持ち場はルデク西部。領地を接するゴルベルとは友好関係にあり、自由が利く。
ゆえに『両騎士団の兵を一時的に第10騎士団に借り受ける』というお達しであった。
もちろん他の騎士団からも兵の供出はあったが、比重の大きさはこの2つの騎士団が突出していた。
相手が帝国ならば、拒否する理由はない。王の命に従い、ボルドラスはわずかな兵をキツァルに残して東へ部隊を進めたのである。
本来なら、砦にも最低限の備えはしておきたいところだ。が、迅速かつ大胆にことを運ばなければ、ルデクが崩壊するのは目に見えていた。
そのようなルデク側の思惑を嘲笑うように、突然ゴルベルが動く。
ボルドラスが帝国と血を流している間に、キツァルの砦は猛攻を受けた。守備側は抵抗らしい抵抗もできずに、キツァルの砦は陥落。
結果、ルデクは東西から攻め立てられる展開に陥る。状況としては非常に悪かったが、しかし、最悪ではなかった。
レイズが、本物の英雄だったからだ。
ボルドラスもそこそこ長く騎士団にいるが、あのような異才はなかなかお目にかかったことがない。
レイズは見事に帝国の侵攻を退けてみせた。キツァル陥落の一報は、その戦勝に沸いていたところに飛び込んできた。
ボルドラスはすぐキツァル奪還に出るため、王都への凱旋も早々に、王へ出陣を申し出た。が、それに待ったをかけたのが第一騎士団である。
『我らが力を温存していたのは、このような時のためだ』
などと言い始め、ボルドラス達を押し留めると、半ば無理やり出陣を決める。
結論から言えば、第一騎士団はキツァルの砦を奪還せしめた。それは良い。問題はその後。
奪還した後、第一騎士団は修復に精を出すわけでもなく、なんなら、奪還戦において余計に砦を壊して、そのまま放置した。そんな仕事は我々の役割ではないとばかりに。
そうしてボルドラスら第四騎士団を呼びつけると、『後は任せた』と丸投げして、満足に引き継ぎもせず王都へ帰っていたのである。
ボルドラスは床に散らばったままの書類を拾い集めながら、大きくため息を吐く。
修繕にはしばらく時間がかかりそうだ。それに、帝国もまだ完全に諦めたわけではあるまい。むしろ本格侵攻はこれから。
加えて、ゴルベルとの戦いもここからが本番。だが、第四騎士団の兵士は半分を第10騎士団に預けている。急遽補充をした新兵はまだ素人。厳しい戦いが続くだろう。
……なおかつ、どうにも中央がきな臭い。
ただでさえ難局を迎えているというのに、内にも不穏な空気があっては、果たして、ルデクはどうなってゆくのだろうか。
考えれば考えるほど、陰鬱とした気持ちが湧き上がってくる。
「よっこらしょ」
ずっと中腰で作業していたので、ついそんな独り言が出た。
書類を机に置き、グッと腰を伸ばしてふと窓の外を見れば、ボルドラスの気持ちを反映したかのように、どんよりとした雲が空に広がっていた。




