【やり直し軍師SS-60】リヴォーテの日記④
ルデクとゴルベルを繋ぐ、街道のルートの候補はいくつかあった。
その中からマルレ川の上流が選択されたのは、この川が暴れ川であることが理由らしい。
俺が見た時は穏やかであったが、山の天気が急変すると水量が一気に増え、下流では大蛇の如く橋や人を飲み込んでゆくそうだ。
河川の氾濫、歓迎はできないが全てが悪いことばかりではない。山から滋養を含んだ土を下流へ運んでくれる。さらにこの川は、かつては同時に砂金さえ下流に運んだという。
砂金は泥の上で白く光る砂のように見えるため、白砂でハクシャ。なるほど。上手いこと言うものだ。
うまいと言えば、昨日食べた焼き魚は絶品だったが、その後に出てきた甘く煮付けた料理も大変美味かった。
店では土産として川魚の干物も売っていた。購入を検討したが、帰りに王家の別荘に立ち寄ることを考え泣く泣く断念した。
断腸の思いではあるが、諦めて次の機会にしよう。
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「うん。ここが報告にあった場所だね」
ロアの言葉に、俺たちも周囲を見渡す。川を見下ろす形で、周辺よりも小高い丘になっていた。さらに対岸を見れば同じような高さの丘がもう一つある。
ロアの計画は高台から高台へ橋を渡して、川が荒れても極力影響を受けぬようにするというものであった。
見せてもらった絵図面から想像するに、大規模な工事になりそうだ。完成すればそう簡単に流されるような代物ではないように思う。
しかしこのような橋の知識を、どこで仕入れて来たのだろうか? 毎度のことながら油断ならぬ男だ。
「ここに橋を渡し、その先は森を切り拓きますか……」
ロアの隣に立つ、ゼランド王子が目を細めて森を見る。
「そうですね。かなりの労力になりますが、先々を考えればこの場所に一直線に道を通すのが良いかと思います。森の途中には新たな街も作りたいですね」
「そういえば先生、この辺りの治安はどうなのですか?」
ゼランド王子はロアを先生と呼ぶ。元々ロアが教育係だったらしいが、日頃から随分と心酔しているのが伝わって来ていた。
「ああ、問題ないですよ。この辺りを縄張りにしていた悪党は取り込み済みです。森を切り拓くのも協力してもらう予定になっています。話の分かる悪党が頭領で助かりましたよ」
ロアは気軽に言うが、これも恐ろしいことだ。どのような手立てを使ったのか、この男は例の凶作を利用して国内にいる主だった賊と、それを取り仕切る悪党を炙り出した。
それは非常に正確な情報であったらしく、王さえも驚きを隠さなかったという。
そして作成した悪党の縄張りをもとに、凶作の間の食料を餌にして悪党と交渉を始めた。実際に多くの悪党は取引に応じ、逆に応じなかった者どもは、後々殲滅されたらしい。
賊といえど食わねば死ぬ。選択肢の無い選択を迫られた悪党どもは、もはや調理されるのを待つばかりの川魚と同じ。
さらに取り込んだ賊の多くを、街道の労働者として確保したと言うのだから、もはや呆れるばかりである。
だが考えれば、これに関しては前例がないわけではない。
帝都の裏町の顔、スキット=デグローザ。あの男のやり口によく似ている。ロアはおそらくスキットを参考にして、このやり方を思いついたのだ。
結果的に今のルデクは北の大陸でも有数の治安の良さを維持している。尤も、一時的な事ではあるだろう。時間が経てばまた、あぶれものが集まって徒党をなす。これは避けられぬことだ。
ロアもその辺りのことは把握しているようだ。俺がその問題点を指摘したところ、「北部ルデクの内情が落ち着くまで、しばらく時間が稼げれば十分です」との返事であった。
「さて、一応安全は確保してはいますが、現在の森の中の道は獣道に毛が生えたような悪路です。どうします? 王子達は迂回された方が良いと思いますが……」
「折角だから見てみたい……と、言いたいところですが、先生の言葉に従います。シャンダル殿やルファ殿もいることですし。兵達に無用な苦労を負わせる場面ではないかと」
ゼランドの言葉に、ロアが満足そうに頷く。
俺からみても、ゼランド王子の成長は著しいものがある。まだ年若いが、このまま成長すれば、ルデクは安泰であろうと思わせるだけのものを見せていた。
そんな2人のやり取りを、シャンダル王子が澄んだ瞳で眺めていた。まだ幼い王子だが、ルデクでの学びは貴重なものになるだろうな。
……あまり認めたくはないが、大軍師ロアのやりようを間近で見ることができるなど、大金を積んでもなかなかできることでは無いのだから。
「では、我々は森を抜けますので、抜けたところで落ち合いましょう。……リヴォーテ殿はどうします?」
不意にロアが俺に声をかけてきた。一応俺も他国の使者なので気を遣ったのであろう。
「リヴォ太郎も迂回だろ?」
「お前、森の中とか向いてなさそうだ」
「はんっ、お前ら双子よりも俺の方が巧みに抜けることができる。ロア、俺も森に同行するぞ」
ついついムキになって双子の安い挑発に乗ってしまったが、別にどちらでも良かったので問題はない。
「そうですか。じゃあ一緒に行きましょう」
「リヴォーテ、気をつけてね〜。枝とかに引っかかって怪我とかしないでね!」
なぜか俺だけルファに心配されながら、俺たちは森の小道へと足を踏み入れるのだった。




