【やり直し軍師SS-6】義妹(上)
「全く、何を考えているのだ! 父上は呆けたのか!?」
ここはルデク南部にあるローデル領、思わず叫んだのはローデル家の現当主、ザンバード=ローデルである。
理由は、手元にある一通の手紙。差出人は父、ザックハート=ローデル。
父は早々にローデルの家督をザンバードに譲っており、今はゲードランドの守護神として、第三騎士団の騎士団長の職務に邁進していた。
家督を譲ったからと言って、あの父が引退するとは思っていなかったが、それでも未だに現役の騎士団長であることは、息子としては感心を通り越してもはや若干呆れている。
若い頃はそんな父に憧れて、ザンバードも騎士団を目指したこともある。だが、すぐそばに規格外がいるというのは、決して良いことばかりではない。
ザンバードはザックハートにはなれぬことを早々に自覚し、騎士よりも貴族としての生き方を選ぶ事となった。
幸にして領地の運営は上手くいっている。次を任せるに足りる後継者にも恵まれた。息子は順調に領地経営を学んでおり、まだ気は早いが、いつ引き継いても問題なかろう。
そんな中で突然届いた、一通の手紙。
ーー養子を取る。手配をせよーー
何事かと思ったが、詳しく読んでさらに驚いた。養子を考えているのはまだ少女なのだという。自分の孫よりも年下の娘を養子に? 一体何を考えているのだ?
そのような思いが思わず口をついて出た。
誰もいない自室に響く、己の声。ザンバードは一度咳払いをしてから手紙の続きに目を通す。
なるほど、そのルファ、という少女の事情は分かった。南の大陸から見知らぬ地へと連れてこられて、かつ、賊徒に襲われたところを第10騎士団が保護、若くしてなかなか難儀な人生を歩んでいる。
ただ、それだけであの父上が情に絆されたとも思えないのだが。
ルファを養子に迎え入れたとて、ローデル家の継承には関わらせないことも明記されていた。あくまで身元引受人として考えているようだ。
「しかし……」
何度考えても、やはり父上がこの娘に入れ込む意図が全くわからない。縁もゆかりもない相手だ、本当に何を考えているのか。
手紙ではまだ本人には話していないとある。とりあえず、当主としてのザンバードの顔を立ててくれはしたようだ。
「ふーむ……」
今一歩要領は得ないが、かといって内容的には反対するほどのものでもない。
父上が拘る以上、その娘には何かあるのだろう。これも親孝行と考えるか……
また少し考えて、ザンバードはザックハートに了解の返事を認める。
それから数日して、「ルファからも養子の許可を得た」との返事があった。
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「父様、私の叔母上は本日来るのですね」
ザンバードの息子、デクリアドは楽しそうに言った。”叔母”というが、自分よりも5つほど年下の娘だ。興味津々なのだろう。ザンバードにとっては自分の息子よりも年下の妹ということになる。なんとも不思議な気分だ。
父上からルファを連れて帰省するとの連絡が届き、その予定日が今日である。
「私も楽しみね」
娘のリビュアもどこかそわそわしている。年の近い叔母、上手くやってくれると良いが。
「もうそろそろお越しのようです」
使用人から知らせが来て、屋敷のバルコニーから様子を見ると、一頭の馬がこちらに走ってくる様子が見えた。てっきり馬車でやってくるかと思っていたが、なんと父上が一緒に馬に乗せてくるとは。
「あなた、お迎えの準備を」
ザンバードは少々の驚きを残しつつ、妻に促されて出迎えのために屋敷を出る。
父上の巨体を支えるだけの巨馬がもう、すぐ近くまで迫ってきた。見慣れてはいるが、相変わらず周囲を圧倒する雰囲気がある。
「出迎えご苦労! みな、息災であったか!」
ザックハートは大声と共に、ザンバードたちの手前で馬を止めた。
ザックハートの前にちょこんと座っていた少女は、ザックハートと二、三言葉を交わすと、ザックハートの手を借り、ぴょんと馬から飛び降りる。
その際に青くキラキラと光る長い髪がふわりと浮かび、サラサラと踊った。
「お人形みたい……」
リビュアがほうっと息を漏らす。その場にいる人間全てが同じように感じるほどの、なんとも幻想的な美しさだ。
しばし呆けて見ていたザンバードたちへ、馬から降り立ったルファがちょこちょこと走り寄ってくる。
「ローデル家の皆様ですね! ルファと言います! よろしくお願いします!」
屈託のない笑顔でぺこりと頭を下げられたザンバードたちは、思わずほっこりした気分になって表情が緩む。
なるほど、これは父上にも気に入られるわけだな。
たった一言挨拶を受けただけだが、ザンバードは妙に納得した気持ちになって、この新しい妹を受け入れる気持ちになっていたのだった。