【やり直し軍師SS-598】遠乗り(5)
私たちが牧場に滞在できるのは4日間。
本来の予定だと牧場に一泊して、私の実家に向かうところだったのだけど、みんなが集まってくれたことで時間に余裕ができた。
気を遣ってくださったセシリア様に感謝だなぁ。
昨晩は宴で少し夜更かししたのだけど、夜明け前には目が醒めた。ここで働いていた頃、馬たちの世話をしていた時間だ。
牧場の香りに刺激されたのか、記憶が当時の生活リズムを覚えていたのだろう。
私は動きやすい服に着替えて静かに部屋を出ると、そのまま外へ。朝靄の中で深呼吸をすれば、懐かしい空気が胸を満たす。
「よし」
一人気合を入れて、馬房に向かう。中を覗けば、すでに作業を始めている元同僚の姿が目に入った。
「キリ、おはよう」
「あら? トゥリアナ、じゃなくてトゥリアナ様じゃないですか。ご機嫌麗しゅう」
「ちょっとやめてよ」
「ふふふ。ごめんごめん」
「ね、私も手伝っていい?」
「え? 本気?」
目を丸くして呆れるキリ。
「本気も本気。普段はこんなふうに馬のお世話にもできないし。ヴィゼルさんには見つからないようにするから、朝食の時間までだけ! お願い!」
手をあわせる私に、キリは乾いた笑いを返す。
「あんた、相変わらずの馬バカよねぇ。お貴族様になるんだから、わざわざ汚れ仕事なんかしなくたって……。あたしなら絶対まだ寝てるわ。まあいいや。それなら、そっちの列のカイバをよろしく。終わったらブラッシングしていいから」
「いいの!?」
ブラッシングはお手入れの中でも一番楽しい作業。私にとってご褒美である。
私はそれからしばらく、キリと二人で黙々と作業する。
「ねえトゥリアナ」
「なあに?」
「で、どうなのよ。フレイン様とは」
「そ、それはその……ちゃんと頑張ってます」
「頑張ってますって、あんた……無理してない? 大丈夫?」
「無理しては……うーん、ちょっと無理してるかも。でも、その分フレインが優しいから、頑張れる、かな」
「あー、はいはい。それは何よりデスね〜」
そんな会話をしながら朝の準備を終えて、朝食前にこっそり戻った私。みんなで朝ごはんを食べたら、今度はフレイン様も連れて牧場見学だ。
「ああ、あの青鹿毛の仔馬はいいな、将来が楽しみだ」
とか、
「トゥリアナ、あの馬だけ毛艶が少し違う気がするが、何か特別な血統なのか?」
とか、すこぶるご機嫌なフレイン様。もちろん私も楽しい。
盛り上がりながら進んでいると、フレイン様がふと足を止め、柵に齧り付くように一頭を見つめる。
「……あれに、少し乗ってみたい」
指差したのは、確かにフレイン様が好みそうな、黄金色した1頭だ。
「あ、じゃあ私、鞍をとってきます」
「いや、俺が自分で取りに行こう」
俺が、私がと押し問答をする横から、私の弟が「それなら俺がフレインにいちゃんを手伝うよ!」と口を挟む。昨日の宴ですっかりフレイン様に懐いた感じだ。
「ああ、では頼もうか」
二人で駆け出したので、私はかえって邪魔かと見送ることにする。そうして少し進んだところで揃ってこちらを振り向いた。
なんだろうと首を傾げていると、
「安心しろ! トゥリアナの鞍も持ってくる!」
と叫ぶフレイン様。
私は笑顔で手を振る。そんな私の横で、案内役を担ってくれていたキリが、
「……あんたたち、お似合いだわ」
と呟いた。
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楽しいひと時を過ごした私たちは、みんなに見送られて牧場を後にした。
帰りは整備された道をゆっくりと進む。
「とても楽しかったな。トゥリアナはどうだった?」
「私も楽しかったです! それにみんなに会えて嬉しかったです!」
「それは良かった」
微笑んだフレイン様に、私は「ありがとうございました」と口にする。フレイン様が色々と気遣ってくださったから、今日の再会が叶ったのだから。
フレイン様は少し照れくさそうにしてから、ふと、あらぬ方向を向く。
「……そういえば、トゥリアナはご両親をとうちゃ、かあちゃと呼ぶのだな」
「あ、いえ! それはですね! うちの地方の方言と言いますか!」
慌てる私。田舎丸出しでこれは恥ずかしい。
「いや、別に馬鹿にしているわけではない。親しげで良いなと思っただけだ。とても新鮮だった」
言いながら、こちらを見ようとしない。……本当は笑われているかな?
少し悲しい気持ちがよぎったけれど、その直後、
「……とうちゃ、かあちゃ、か。私たちの子にも、そう呼ばれてみたいものだ」
そのひとことに、私もあらぬ方向を向きながら、
「……ぁぃ」
と小さく返事をするのが精一杯だった。




