【やり直し軍師SS-593】お買い物(下)
「っでよお! あいつらときたら!!」
ノースヴェル様が準備してくれた夕食の場は、もっぱらノースヴェル様の愚痴を聞く会になった。
ノースヴェル様が不満を漏らしているのは、とある二人の人物。
一人は僕の友人であり、帝国第四皇子ツェツェドラの妻、ルルリア。そして同じく帝国の人間であり、帝都の裏町の顔役であるスキットさん。
両者は現在帝国に作っている新しい巨大港、ドラーゲン建設の中心人物だ。
ルデクと帝国の共同開発であるこの計画において、ルデク側の代表者であるノースヴェル様とは、折に触れて折衝を行なっている。
着工からだいぶ経ち、港としても問題なく稼働しているけれど、細部の完成にはもう少しかかるだろう。
北の大陸で最大の港、ゲードランドを凌ごうという代物だ。そう簡単に出来上がるようなものではなかった。
その巨大計画を牽引する主要人物が、揃いも揃って個性あふれる面々。まして全員気が強いときている。衝突しないわけがない。
顔を揃えるたび、それぞれの立場から侃侃諤諤とやり合うのだから、それぞれの補佐官達は大変だ。
僕の方に『なんとか収めてほしい』と泣きつかれたのも、一度や二度ではなかった。
ただ、三人とも優秀であり、別に性格が合わなくて喧嘩しているのではない。
ルルリアはルルリアらしい壮大な着想を語り、スキットさんは人足の手配と効率化を語り、ノースヴェル様は港を造るために必要な手間を語る。
巨大な港の構想だ。
俯瞰的な視点で全体像を想像し、陛下をはじめとした幹部連中を説き伏せる役割のルルリアも、膨大な人数の荒くれ者をまとめるスキットさんも、そして実際に機能するための港を設計するノースヴェル様も、誰一人欠けては完成しないことは三人とも理解しているのだ。
なのでどれだけ激突しても、建設が滞ることはなかった。それは素直にすごいと思う。
とはいえ、それぞれ不満は溜まっているのだろう。両名をよく知る僕がやって来たのを幸いとばかり、ノースヴェル様はとめどなく溢れる文句を、歌うように語っているのである。
もしかしたら今頃、ルルリアはツェツィーに、スキットさんは側近に、同じような愚痴を溢しているのかも知れないと考えると、少し愉快だ。
そうしてノースヴェル様との会食は、ノースヴェル様がしゃべり疲れて満足したことで終了。
「あー、スッキリした。悪いな、話聞いてもらって。俺は疲れたから、あとは適当にやってくれ」
清々しい顔でそんな風に言いながら立ち上がったノースヴェル様を、苦笑しながら見送って、僕らも部屋に戻った。
ノースヴェル様が僕らに用意してくれたのは、海が一望できる一番上等な部屋だった。窓を開ければバルコニーもあり、耳に届く潮騒が心地よい。
「ノースヴェル様も大変ね」
「そうだねぇ。でも、あれで結構上手くいってるから。僕らが不満を聞いて、やる気が出るなら安いものだよ。納得いかないのは多分、ルルリアに言い負かされる機会が多いからじゃないかな」
あの英雄、ドラク=デラッサを向こうにして、堂々と論戦を張るような女性だ。ノースヴェル様が毎度言いくるめられて渋い顔をする場面が目にうかぶ。
「そうかも、ね。少しバルコニーでお茶を飲まない? 私、お湯をもらってくるわ」
「うん。いいね。じゃあ頼むよ。僕はカップの準備しておく」
そうしてしばらくして、ラピリアが戻ってくると、バルコニーのテーブルに置かれたカップを見て軽く首を傾げる。
「あら……これ?」
「気づいた?」
僕が用意していたのは、東方諸島から海を待ってやってきた、淡く青みかかった少し変わったカップだ。
日中、お店を巡っている時に密かに目をつけていたのを、荷物を取りに行ったついでに買い求めたのである。
「これはラピリアへの贈り物。僕とお揃い」
「私に?」
「もちろん。君だって、贈り物をしたい相手だもの」
ラピリアは優しく微笑んで、一度部屋に戻ってお茶の準備を始めながら、海を眺める僕に声をかけてきた。
「ねえロア」
「何?」
「……平和って、いいわね」
「そうだね」
「でもまだ、やらなくちゃいけないことがたくさんある。みんながロアを頼ってくる」
「うん」
本当に仕事は山のようにある。王都に戻ったら忙しい日々が戻ってくるだろう。
「……全部終わったら、一度、東方諸島に行ってみない?」
ポットを持ってバルコニーに出てきたラピリアは、僕がプレゼントしたカップに丁寧にお茶を注ぎながら、そんなことを言った。
「東方諸島へ? 視察?」
お茶を入れ終えたラピリアは、僕の答えに対して、軽く僕の額を突く。
「違うわよ。旅行に。東方諸島ならロアを知っている人もいないから、気楽に過ごせるんじゃない?」
「なるほど。悪くないかもね。ゴルベルが造った船で、帝都の新港から出発するんだ」
「いいわね。ワクワクする」
「……あ、でも、双子やリヴォーテが無理やりついてくるかも。そしたらウィックハルトやサザビーも」
「あり得るわね……でも、それならそれでいいじゃない。きっと楽しいわ」
「そうか。そうだね」
僕らはカップを軽く掲げると、海を見ながらお茶の香りを楽しんだ。




