【やり直し軍師SS-577】遠路訓練(7)
不覚だ。これは不覚。
ロピアが異変に気づいたのは、馬車が動き出してしばらく経ってからだ。正確には馬車の揺れが変化した直後である。
町を出た?
そうとしか思えない変化に、ロピアは小さく眉根を寄せる。
『宿に横付けすることになったので、このまま乗っていてください』
厩の主人の言葉をすっかり信じて、大人しく乗っていれば、この体たらく。穴があったら入りたい。
同乗の三人はまだ気づいていないが、これは間違いなく誘拐されたな。私たち。
狙いはやっぱり私だろう。いや、私を餌にしてゼクシアが狙い。うん。そっちの方がありえる。私は変装して学園に通っているから、ロピア=シュタイン狙いは考えにくい。
相手に目を付けられたのは多分、初日。ゼクシアがこの馬車に声をかけたからか。
もう、あの馬鹿。……となるとあまり状況は良くない、つまりこの犯人は今回の遠征に焦点を当てて動いている。
そしてゼクシア狙いなら、単独犯ということはない、ある程度の人数が組織だった動きをしていると考えるのが自然。
私だけなら、今からでもなんとでもなるけれど、ここには何も知らない善良な市民が三人いるのだ。見捨てて逃げるという選択肢は取れない。
戦えそうな武器は、バッグの中にある短剣と投擲系の暗器が2つだけ。
これはネルフィアさんに言われて毎日持ち歩いているから、間違いなく入っている。けれど計画性のある相手なら、これだけじゃ心許ない。
どうしたものだろうか。
きっとネルフィアさんやサザビーさんが気づいてくれるだろう。なら、私がやるべきことは時間を稼ぐこと。
ひとまずはこの三人がパニックにならないようにしないと。できるだけ不測の事態を減らしておきたい。
ロピアが色々と考えを巡らせている間に、馬車は着々と進んで行った。
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ドアの向こうから現れたコナー、セルジュ、オーリンは、所在なさげに視線を泳がせる。
「えーっと……入っても?」
「ああ。聞いてしまった以上は仕方がない。入ってくれ」
どうしてここに、とは言うまい。元々コナー達を呼びつけたのはゼクシア自身だ。
もちろん今回の事態を受けてではない。町に着いた際、宿営準備を終えたら茶でも飲もうと誘っただけ。
よりにもよって、このタイミングでやってくるとは……。
なんと説明するべきかと迷っていると、オーリンが代表して問うてくる。
「あの……学園の生徒さんが誘拐されたのですか?」
「……ああ。犯人の狙いはこの私のようだ。人質の安全を盾に、私だけで来いと言っている」
「その辺りも聞こえてしまいましたが、本当に行くつもりですか? このようなことを口にして、軽蔑されるかも知れませんが、正直私も、ネルフィア様の言葉が正しいように思います」
オーリンの実家は名家。貴族としての考え方として正論ではある。しかしオーリンは前提が違う。その馬車の中に、英雄宰相の娘がいるとなればどう判断するだろうか。
「オーリンの言葉を軽蔑などせぬ。それが正しい。が、それでも私は行く。これはもはや決めたことだ」
「けど、狙いがゼクシアなら、敵の思う壺じゃないか?」
「そうだな、セルジュ。早急に何か方法を考えなくてはならん」
とはいえゼクシアにはすぐに名案が浮かばない。だが時間はない。仕方がない、ともかく目的地に向かいながら考えるべきか。
そなふうに思っていた直後、コナーが、
「あのさ、効果的かどうかわからないんだけどさぁ……。こんなんどう?」
やおらコナーが話し出した内容は、確かに面白い提案ではあった。
だが。
「その場合、お前達も一緒に来なくてはならなくなる。わざわざ危険な場所に足を踏み入れることになるのだぞ?」
「いやあ。自分のところの王子様が行くのに、俺たちが見送るってのはどうかと思うよ?」
「いや、しかしな……」
コナーの策を実行すれば、下手をすればこのゼクシアよりも危害が及ぶ可能性高くなる。流石にそんな……。
「面白いですね」
話に割って入ってきたのはネルフィア。
「コナー、と言いましたか。君の狙いは悪くありません。あなた方は少し時間を稼いでくれれば良いのです。そうすれば、離れて追跡する私たちが間に合います。殿下、この方法を選択するのであれば、私も納得いたします。……わざわざ聞かせた甲斐がありましたね、サザビー」
「さて、なんのことでしょうか?」
「扉、わざと少し開いておいたのでしょう。扉越しといえど、あなたが複数の気配に気付かないわけがありません」
「いやぁ、歳のせいか感覚が鈍ったんじゃないですかね?」
「へえ。ではたまには私が鍛え直しましょうか?」
「あ、今、大丈夫になりました。もう感覚が鋭敏すぎて困るくらいです」
痴話喧嘩はともかく、サザビー、やってくれたな。しかし結果的にネルフィアが納得するならば助かった。
ゼクシアは三人を見渡して、小さく頷く。
「すまんが、頼めるか?」
「任せてくれよ!」
そんな頼もしい返事が返ってきた。




