【やり直し軍師SS-569】リヴォーテの日記(30)
カロの皿が手元に来ると、より鮮烈な香りが鼻腔をくすぐる。
アルラゼーナは食に関しては保守的な方だ。こういった料理には二の足を踏むところだが、今回の主賓のダスの手前、南の大陸の料理を拒否するというのは好ましくない。
「いやあ、これは、また!」
早々にカロを口にして、満足そうに何度も頷くダスと、手元にある皿を見比べてから、覚悟を決めてスプーンを差し入れた。
いかにも多数の香辛料を使っている色味のスープに沈む様々な具材の中で、真っ先に目についたのはトゥトゥだ。王都でもすっかりお馴染みとなったトゥトゥの存在に、どこか頼もしさを感じ、それをスプーンで掬い上げる。
ここでも一瞬のためらいののち、目を瞑って口に運んでみれば。
香りはともかく、最初に感じたのはやはり辛味だ。しかし拒絶するほどの強烈さではない。ホクホクしたトゥトゥが辛味を抑えてくれているのが大きいのかもしれない。
そうして辛味にやや慣れたところで、様々な旨みが舌の上で踊り出す。香りを重厚な音楽にして、着飾った具材が踊っているような味わいだ。
「これは……」
「おお! この肉は素晴らしい! カロの味わいに全く負けていない!」
ダスが思わずといったふうに叫んだことで、アルラゼーナも釣られるように肉に手を出した。
トゥトゥと同じくらいの、やや大ぶりのブロック状に切り分けられた肉は、食べ応えがありそうだ。
しかしスプーンを添えれば、塊はホロリと崩れた。どれほどの手間をかけたのだろうか。
今度は躊躇なく肉を口に。ダスの言葉の通り、力強い脂の味わいがカロに負けていない。
これはもしかして……。
「ハローデル牛を煮込んでおられるのでしょうか?」
様々な香辛料に加えて、ルデク最高峰の牛肉を惜しみなく使っているとすれば、実に贅沢な一品である。
「なるほど、ハローデル牛はカロの具材としても絶品ですな!」
ダスが満面の笑みで何度も頷く。そんな中で
「お味はいかがですかな?」
と聞いてきたのは、先ほどの給仕の男性だ。すっかり意識の外にあったが、なぜかこの場に留まっていたようだ。
改めて視界に入れると、給仕にしては随分としっかりした体格。それに片眼鏡も給仕らしくない。
「え、ええ……。大変美味しゅうございます」
「それは何より。ダス殿はいかがです?」
鷹揚に口にしたその給仕は、今度はダスに声をかけた。客人に対して、いくらなんでも失礼ではないだろうか。
しかし、当のダスは先ほどと全く変わらぬ態度で「なるほどルデク風カロとはよくいったものですな! これは実に素晴らしい! 南の大陸のそれと遜色ありませんぞ」と口にする。
そうして、すでにすっかり平らげたカロの皿を別の給仕に手渡すと、
「貴殿もなかなか面白い趣向をお考えになる」
と、まるで同格の相手に対する口調。
一体何が起きているのか理解できずにいれば、給仕は再びアルラゼーナに顔を向けた。
「お聞きの通り、貴女の娘さんの料理は、フェザリスの外交官殿の心をしっかり掴んだようですな」
「なぜ、娘のことを? 一体貴方は……」
「ご挨拶が遅れました。グリードル帝国の友好使節団長、リヴォーテ=リアンと申します」
「え? まさか……」
リヴォーテという名前は当然知っている。貴族社会との接点は少ないので、実際に見るのは初めてではあるが、先ほどのダスの反応を見れば、本人であるのだろう。
「……失礼いたしました。私は……」
「存じております。オゼット嬢のお母上、アルラゼーナ様でいらっしゃいますね」
「どうしてオゼットのことを?」
「少々ご縁がございましてな。ところでこのカロ、見事なものではありませんか?」
「……もしかして、貴方様にもオゼットは料理人になりたいなどと夢想を語って、ご迷惑をおかけてしているのではありませんか?」
「いえ。それは正確ではありません」
「何がですか? 当家は娘を料理人などには……」
「アルラゼーナ様は何か誤解をしておられる」
「誤解などしておりません」
「ところで、貴家の家訓は“正しき貴族”であると伺いました」
「家訓というほどのお話ではありませんが、貴族としての責務を正しく行なってまいりたいと心がけております。もちろん、オゼットとて例外ではないのです」
「ならば良かった。オゼット嬢は見事に貴族の責務を全うしていることになりますな」
「何の話ですか? いくらリヴォーテ様といえど、あまり他所の家の事情に……」
「外交官」
アルラゼーナの言葉を塞ぐような唐突な一言。
意味がわからず、思考が止まる。
リヴォーテは片眼鏡をきらりと光らせると、
「オゼット嬢は食の外交官になりたいと、私に相談を持ち込んだのですよ」
と言った。




