【やり直し軍師SS-57】ネルフィアのお仕事③
バーミントン家の当主、ブルク=バーミントンは、窓から差し込む朝日に対して忌々しげに悪態をつくと、痛む頭を振りながら起き上がる。
頭痛は昨日の深酒のせいだ。いや、昨日だけではない。ブルクはここの所、酒を煽らねば眠れぬ夜を過ごしていた。
原因ははっきりしている。キンズリー=インブベイの病死の知らせ。キンズリーの死が病死のわけがない。消されたのだ。
完全に見誤った。ロア=シュタインに手を出してはならなかった。貴族院のまとめ役であるキンズリーの頼みであれば安全であろうと、話に乗ったのに。まさかこのようなことになるとは思わなかった。
ヒューメット様の復権のためにも第10騎士団は邪魔であったゆえ、弱体化に繋がるならブルクとしても歓迎すべき所だ。
また、ゾディアック家と縁を結ぶのは悪い話ではない。もしも断られても、有力貴族であるゾディアック家にちょっとした貸しを作れる。そのような目論見であった。
しかし、甘かった。
いざとなれば私が何とかする。キンズリー自身がそのように持ちかけたにも関わらず、あの男は王から簡単に排除されたのだ。
貴族の立場が悪くなっているのは感じていたが、キンズリーがこれ程迅速に処分されるほどの状況とは……。
ブルクはぶるりと大きく身震いする。最近耳にした噂によれば、かつてべローザ家の当主と息子を手にかけたのはロア=シュタインらしい。さらには王を動かして一族を根切りにしたとも伝わってきている。
その後のロア=シュタインの出世具合を考えると、あながちただの噂ではないかも知れぬ。ならば、今回のキンズリーの一件もやはりロア=シュタインの手引きか?
いや、今はそれを調べている場合ではない。
命じたのが王であれ、ロア=シュタインであれ、キンズリーが処分されたということは、我々の企みが露見しているということに他ならぬ。
我が、バーミントン家はどうなる。
それを考えると、朝から胃を不快なものがせり上がってくる。
「誰か、水をもて!」
苛立ちの混じった当主の声に、慌てて飲み水を準備して持ってくる執事。乱暴にグラスを受け取ると口の周りにこぼしながら一気に煽った。
「……テレンザはどうしておる?」
ブルクの言葉に少し言い淀んだ執事だったが、ブルクに睨まれて慌てて口を開く。
「本日もお部屋からは……」
ロアに脅されて這々の体で逃げ帰ってきたテレンザは、以降、ほとんど部屋から出てくることがなくなった。
寝所で丸くなって震えているのだ。特にキンズリーの一件が耳に入って以降、その状況がさらに悪化している。
家を継ぐものとして、このような事では…。そもそもテレンザはゾディアック家に対しても、随分と高圧的に出たようだ。強気に行けとは指示を出したが、結果的に完全に出方を間違えた。
しかもあろうことか、ロア=シュタインに脅されて、このような始末とは、バーミントン家の顔に泥を塗る行為だ。
実子に腹を立てるも、それもわずかな時間。すぐに再び同じ考えが頭を埋めつくす。
バーミントン家が生き残るにはどうするべきか……
いっそ、王へと申し開きに向かうか? キンズリーに脅されて仕方なく、ということにして。
なくはないが、突然押し掛けて信じてもらえるか? そのまま捕らえられたりしないだろうか。
無難なところでは、中央の貴族に仲介を頼むという手もあるが、王が怒りを収めるような有力貴族……もしくはロア=シュタインに対抗できる貴族となると……
厳しいな。当家と親しい貴族は、大抵ヒューメット様と関連の深かった者達だ。そもそも中央には少ない上、現王とは距離を置いている。
まさかヒューメット様の策までは看破されているとは思えないが、王が警戒を強めている可能性は高い。下手をすればやぶ蛇となりかねない。
ここ数日、何度も同じことを考え、答えは常に堂々巡りである。
「あの……」
「なんだ? まだいたのか?」
執事がそのまま佇んでいたことに気づいたブルクは、思考を邪魔されたことを不快に思いながら執事を睨んだ。
「申し訳ございません。実は、当家で雇ってもらえないかという娘が門前に」
「雇う? 必要ない。追い返せ」
「それが実は、中央の貴族様の紹介状を持っておいでで……。なんでも近くの村の出身で、親が高齢のため、この辺りで仕事を探すためにその家を辞したと」
「中央貴族? 誰の紹介状だ?」
「ラゴー様の紹介状でございました」
「ラゴー、デミスス家か……」
ブルクとは特に深い交流のない家だが、中央ではそれなりに知られた家だ。確か、元を辿れば王の親族が興した家だったはず。
「……お断りしてよろしいですか?」
「いや、待て。紹介状がある者を無碍にしては外聞が悪い。ひとまず適当な仕事を与えろ。それから紹介状は回収しろ」
「はい。では、そのように」
執事が退出するのを見届けてから、ブルクはこの一件をきっかけに、なんとかデミスス家に顔を繋げないかと、まだ重たい頭を回し始めた。
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ブルクがシヴィを雇用してから4日後。
ネルフィアの滞在する宿の窓から、すっと中に侵入してくるものが、時間をおいて、2人。
「お疲れ様です。では、始めましょうか」
ネルフィアは、近くの人間にだけ聞き取れるように訓練された話し方で、2人を労う。
薄暗がりのなか、小鳥と、麦穂は、黙って頷いた。




