【やり直し軍師SS-563】リヴォーテの日記(24)
今回の更新はここまで!
次回は少しスパン短めに、30日から年末年始の更新を予定しておます!
「パンが焼けました!」
シャーリーがトランザの宿に駆け込んでくると、誰がいうでもなく、僅かに駆け足になりながらパン屋へと戻る。
『臨時休業』
の札が掛けられた扉をもどかしく開けば、店の中には早くも焼きたてのパンの香りに混じって、香辛料の香りが漂っていた。
「おお。きたか。こんなんでいいかい?」
パン屋の店主、ボクシーが指し示す先に、程よい焼き目のついた丸いパン。
「うむ。上等だ」
いっそこのまま食べてみたい気持ちが湧き上がるが、完成品の感動を大切にするためにも、ここは我慢だ。
まずは揚げてみるのが先決。それがダメだった場合はこの状態も試してみよう。
「で、これを油で揚げるんだって?」
「ああ。そうだ。トランザの宿で仕上げるつもりだ」
「大袈裟に油を使うんじゃなけりゃ、ここでそのまま仕上げてもらって構わんよ。それと、一つ聞きたいことがあるんだが、このパンを揚げるってえのは、食感の問題か?」
「そうだ」
「……なら一つ提案がある。このまま油に投じるよりも、パン粉を塗したほうがいいぞ」
「ほお? パンにさらにパン粉か」
確かにパン粉をつければさらに食感はよくなるかもしれん。
「ああ。どうだ、試してみんか?」
「そうだな。では、素揚げとパン粉を足したもの、両方を試してみよう」
「おう」
ボクシーによって油が準備され、鉄鍋の中で静かにその時を待つ。
「……ちなみにどのくらい揚げるんだ?」
「中身も調理済みだ。軽く色味つく程度でいい」
「あいよ」
ボクシーが慣れた手つきでパンを油に投入。しゅわわわと小気味の良い音が俺の耳に届く。
その音を聞き逃さんとするかのように、皆が無言で鉄鍋を睨むことしばし。
「よし、こんなもんだろ」
油の海から救われたパンの色合いは、グリードルで見かける肉食獣、オッポの毛並みのようだ。すなわち、実にうまそうである。
ボクシーの分を含め、全員の元に2つのパンが行き渡ったところで、何となく顔を見合わせた。
何とも不思議なものだ。南の大陸で出会ったカロとは全くの別物であるのに、鼻腔をくすぐる香りはあの時と同じ胸の高鳴りを感じさせる。
「食べる前に、くれぐれも注意してくれよ。多分、すごく熱い」
ボクシーの注意が対峙の合図とばかり、俺たちはカロ入りのパン、すなわちカロパンを手に取る。
確かに一気に齧ったら口内が大変なことになりそうだ。慎重に、だが、しっかりとパンとカロを一緒に収めるように齧り取れば……。
「あっふい!!」
シャーリーが口を押さえてばたつき、慌てて水を口にする。
そう、熱い。だがそんなことは今は問題ではない。ざくりと心地よい食感ののち、口の中で香辛料が爆発する。
……至福。それ以外の言葉が見つからぬ瞬間である。
シャーリーの一言以外、誰も声を発しようとはしない。ただただ無心に、カロパンとの対話に勤しんでいるのだ。
奇跡のような時間はあっという間である。
「もうなくなってしまいました……」
悲しそうな声を上げたのはオゼット嬢。もう一つ、パン粉をつけていない素揚げもあるのだが、この食感を体験してしまったのちに、こちらに手をつける気は起きない。
「それにしても、油とカロが、こんなに調和するなんて……」
アウリルが感嘆の声を漏らし、皆が口々に賞賛を述べてゆく。その賞賛を一身に浴びるのはオゼット嬢だ。
最初は恐縮しきりであったオゼット嬢であったが、一度口を引き締めると、なぜか俺の方を見た。
「どうされましたか?」
「リヴォーテ様に、いえ、リヴォーテ様を初め、この場にいる皆さんに聞いていただきたいことがございます」
「改まって、何でしょう?」
「この一件で、私、決めました」
「何をですか?」
「私は料理人を目指したいと思います!」
両手をぐっと握りしめたオゼット嬢。
いやまて、それは少々まずいのではないか? 貴族の三女という話であったが、王の実妹であるローメート様と付き合いがあるということは、それ相応の格式のはず。
「オゼット殿、それは……」
俺が口を挟もうとしたが、逆にオゼット嬢は俺の手を掴んで頭を下げてくる。
「私、本当はずっと、ローメート様のように厨房に立つのが夢だったのです! でもお父様もお母様もお許しになられなくて! でも、今回の件で決めました! 私もリヴォーテ様のように、料理で名を残す生き様を求めたいと思います!」
「は? いや、何か誤解が……」
「つきましてはリヴォーテ様、お願いがございます! 私の両親を説得していただけませんでしょうか? 宰相様やルファ様も一目置かれるリヴォーテ様ならば、両親も耳を傾けると思うのです!」
「いや、ちょっと……」
「どうか、どうかよろしくお願いいたします!!」
ひたすらに頭を下げるオゼット嬢に、流石の俺も困惑するしかなかったのである。
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―――カロパンは素晴らしいものであった。
ボクシーにいくつか追加で作ってもらい、持って帰ってきた。
冷めてもしっかり美味いのは本当に素晴らしい。中の具材も色々と手を加える余地がありそうだ。
それにしても、オゼット嬢の頼みには困ったものだ。ルファに相談させて欲しいと頼み、保留にしたが、このままでは暴走しかねん気もする。
俺も全くの無関係かと言われれば、完全に否定できないところではあるし、本人の意思を尊重したいという気持ちもあるが、どうしたものか。
まずはオゼット嬢の実家、パルヴィクス家について確認せねばならぬ。
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ここまで書いて、俺は一旦ペンを置く。
どうにも妙なことになってきた。
今回のカロパンの着想力を思えば、確かに、あの娘には才能があるような気はする。
俺は小さくため息を吐くと、食べかけのカロパンをひとかじりするのだった。




