【やり直し軍師SS-558】リヴォーテの日記(19)
ルファめ。
言葉の足らぬ説明をしおって。甘言に誘われてノコノコとついて行ってみれば、想定外にご婦人方の集いであった。
ロアもいたので男性が一人というわけではないのは多少マシだったが、本当にこやつは。
しかも知人に俺のことを好き勝手吹聴しているらしい。今度という今度はきちんと叱ってやらねばならぬのではないか? そもそも皆、ルファに甘すぎる。
全く。将来の王妃であるのだぞ。しかも大国の王妃だ。もう少しちゃんとしなければならん。
……まあいい。他国のことだ。
それにちょっとした収穫もないわけではない。まずはロエナなる新たな食材。俺には一つ思うところがあった。あれはおそらく、発酵乳と相性が良い。
北の大陸の人間に、カロは辛味が強い。辛味を抑えた蜂蜜入りも良いが、個人的には、その分カロの魅力が減じる気がしてしまう。
ならばむしろ、舌を休めるちょっとした付け合わせが用意できれば理想ではないかと思う。
そこに今回のロエナである。これはかなり良い気がする。ヨーグルトに混ぜて付け合わせにすれば、甘さが勝ちすぎず、口の中をさっぱりさせてくれるような想像ができた。
それともう一つ、試してみたいこともあった。
ともかく新たな方針を見出した俺は、にわかに動き出したのである。
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「失礼。私は、グリードル帝国、ルデク親善大使のリヴォーテと申す。アウリル殿のご自宅はこちらで間違いないか?」
小さいが品の良い菓子店の店先でそのように声をかければ、店主と思しき中年男性は「ええっ!? また!?」と、驚きの声を上げた。
また? とは何のことであろうか。
俺がやや怪訝な顔をすると、店主は慌てて笑顔を作り、「すぐに呼んで参ります! 少々お待ちくださいませ!」と行って店の奥へと消えてゆく。
そうしてまもなくエプロンを纏ったアウリルが姿を現した。こちらも俺を見て若干、困惑の色を浮かべる。
「仕事中にすまんが、明日にでも時間をいただきたい。可能か?」
「あ、えっと……」
アウリルが視線を送ったのは父親だ。父はアウリルの視線を受けて苦笑する。
「せっかくのお誘いだ。店のことは構わないから、何かご協力できることならばお話を伺いなさい」
との返事。うむ。できた父親である。アウリルの腕はすでに確認したので、今後、菓子はこの店を贔屓するとしよう。
ともかく了解を取り付けた翌日。俺が例の倉庫で準備をしていると、おずおずとアウリルがやってくる。
「来たか。感謝する。例のものは持ってきてくれたか?」
「あ、はい。こちらに」
アウリルが出してきたのはロエナの葉だ。実際にヨーグルトとあえて、カロに添えてみることにしたのだ。
「わあ! それが綺麗になれるという葉ですね!?」
そう反応したのはトランザの宿の娘、スール。昨晩、夕食がてらトランザで今日の話をしたところ、『参加したい』と申し出があったのである。
「……私も初めて見た……面白い植物ですが、花は咲くんですか?」
そんな質問を投げかけるのは、シャーリーという娘。
トランザの宿の向かいの花屋の店主で、スールと仲が良い。植物であれば興味があるだろうから、一緒に連れて行きたいというスールの要望を受けて許可した。試食の感想はより多い方がいい。
過日の貴族のご婦人方同様に、スールとシャーリーの質問攻めにあうアウリルを横目で見ながら、俺は鍋を温め始める。
途端に室内に充満し始める香辛料の香り。
ワイワイと騒がしかった三人の視線が、一気にこちらに集まった。
「これが、昨日お話のあった……」
畑の違う菓子職人とはいえ、そこは料理人。アウリルの視線が真剣なそれに変わる。
「ああ。早速だが、ロエナの方も準備を始めてほしい。調理はそちらの台を使ってくれ」
「はい。わかりました」
アウリルがすぐに動き始める。実はロエナのヨーグルトあえは、南の大陸では一般的な食べ方の一つであったらしい。なのでアウリルの手順に迷いはない。
今回は念の為、そのままのもの、ヨーグルトに砂糖を加えたもの、蜂蜜をかけたものを用意する。カロの口直しにはどれが良いのか試すのだ。
「む。そうであった。すぐに準備してほしいとは伝えたばかりだが、そこまで急がなくとも良い。もう一人、やってくるのでな」
「そうなのですか?」
アウリルはそれだけ答え、言及はしない。うむ。さすが普段から貴族に呼び出されている娘だけある。こういう時に必要以上に聞いてこないのは“分かっている”。
俺もそれ以上は伝えず、鍋に集中する。
「本当にすごい香辛料の香りですね」
シャーリーが驚くように口にした。
「ああ。どうだ、匂いに関する印象は?」
花屋の店主だ。その辺りには厳しいだろう。
「何というか、嫌な香りではないです。当然かもしれませんが、時折やってくる南の大陸のお客様が纏っている香りに似ています。それと……」
「忌憚ない意見を聞こう」
俺がそのように伝えると、シャーリーは自らの腹に手を当てた。
「恥ずかしいお話ですが、何だがお腹が減ってくるような香りです」
少し頬を赤くしたシャーリーに、俺は頷く。そう、この料理はまず香りで“食わせる”のである。
そろそろ良い具合に温まってきたその時。
「すみません! 遅くなりました!」
そのように倉庫に飛び込んできた人物が。
その姿を見たアウリルがやや驚きの声を上げる。
「まさか……オゼット様?」
よし。カロは十分に温まった。




