【やり直し軍師SS-555】アウリルの非日常な日(中)
訳もわからぬうちに馬車に乗り込むと、馬車の中には先客が三人。
「あ、アウリルちゃん。昨日ぶり!」
人懐っこい笑顔で出迎えたのはルファ妃様だ。隣にはお子が座っている。そしてさらに隣には、
「君がアウリルか。昨日は妻が世話になったな」
そう口にする人物が。妻? つまりそれって……。
私がなんと答えて良いか分からずオロオロしていると、
「ああ。聞いた通り落ち着いた娘さんだ。さあ、そちらに座るといい。そろそろ出発だろう」
と促される。もはや、言われるがままに着席するしかない。すると私が座るのを待っていたように、馬車はゆっくりと進み始めた。
「改めて名乗ろう。ゼランド=トラドである」
「は、はい。アウリルです。あの、私などが王子様ご家族と同じ馬車に乗るのは……あの、私は馬車の隣を歩きますので……」
「かまわぬ。元々は宰相の所用に私が相乗りしたのだ」
「……本来であれば私などが口も聞けぬ貴きお方ということは承知しております。それでも非礼を承知で、お伺いしても宜しいですか?」
「どうぞ」
「宰相様の所用についてお教え頂くことは、可能なのでしょうか? 私たちは一体どこへ?」
「……なるほど。それは重要な質問だな。しかし、私の口からは言えぬな」
「え?」
「着いたら宰相から説明があるだろう。それまでは楽しみにしておけば良い」
「そうそう。それよりもゼクシアと遊んであげてくれる? ほら、ゼクシア、アウリルお姉ちゃんですよー! 美味しいお菓子を作ってくれるの!」
「お菓子? お姉さんはお菓子作れるのですか?」
「え、ええ。私は菓子職人です、殿下」
こうして王太子一家と同じ空間で時を過ごすという、きっと誰に言っても信じてもらえないであろう状況下に置かれたまま、ひたすら馬車に揺られることになったのである。
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ようやく馬車が止まり、扉が開いた。
「お先にどうぞ。レディファーストです」
まだ幼子なのにしっかりしたゼクシア殿下に礼を伝えて馬車を降りると、そこにはただっぴろい平野が広がっていた。
正確には大きなお屋敷がポツンとあり、その周りには、
「……農場ですか? ここは」
そうとしか思えないほどの規模の畑だ。でもそれにしてはお屋敷が立派すぎる気もするけれど。
私の最初の感想に、後ろから降りてきた王子が笑う。
「初めてここにきたら、そのように思うのは詮無いことだな。せんせ……宰相、そろそろ種明かしをされては?」
王子に促されて馬車の後ろを馬で追ってきていた宰相様が、馬から降りてこちらへ近づいてきた。
「別に隠してた訳じゃないんだけどね。馬車だと王都から少し時間がかかるから、説明より先に移動してしまった方が、効率がいいかなと思っただけなんだ。ようこそ、シュタイン領へ」
「シュタイン領……では、こちらは宰相様のご領地?」
「そう。ま、見ての通り何にもないけどね」
謙遜ではないレベルに何もない。ルデクの英雄宰相の領地がこんなささやかな場所だなんて。
「ま、ともかくこっちへ。紹介したい人がいるんだ」
早々に歩き出してしまう宰相様に向かって、ゼランド王子が声をかける。
「私たちは先に屋敷に」
「あ、そうですね。ロピアが首を長くして待っていると思うので」
そう言って、王子はゼクシア殿下を連れて逆方向へ行くのに、なぜかルファ妃は宰相様の方へ。
「あれ? ルファは屋敷に行かないの?」
「後で行くよ! でもこっちも面白そうだから」
「……別に面白いことは何もないと思うけど?」
「でもアウリルちゃん一人だと困っちゃうと思うから」
「ああ、そう言うこと。そうだね。いきなりこんなところに連れてきたんだし、ルファがいた方が緊張しないか。じゃあ一緒に行こう」
そう宰相様が納得したところで、向こうから誰かが駆け寄ってきた。
「ロア様!」
「あ、ダンブル! ちょうど今そっちに行くところだったんだよ」
「ラピリア様から聞いています。お待ちしていました。それで、こちらが例の?」
私に視線を移すその男性は陽に焼けて、実に農家の佇まいなのだけど、でもどことなく農家ではないような感じのする、不思議な雰囲気の人だ。
「まあとにかく、詳しい話は現地でしよう」
結局何も分からないというか、むしろ謎が増えたままに、宰相様たちの後を追うしかなかったのである。




