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【やり直し軍師SS-554】アウリルの非日常な日(上)


 アウリルは幼い頃から『落ち着いた娘』と評されることが多かった。特に、喜怒哀楽の怒哀の部分がわかりづらいようで、傍目には落ち着いているように見えるらしい。


 自分自身はそのようなつもりはなく、驚いたり、怒ったり、悲しんだり普通にしている。ただそれがあまり表情に出ないだけである。


 ついでに言えば、喜と、楽も、他人に比べれば乏しく、アウリルの感情の中では分かりやすい程度。まあ、他人と比較しても仕方がないので、特に気にしてはいない。


 結果的にそれが功を奏したのか、スレイア様と言う貴族の奥様に気に入られて、時折、お菓子作りに呼び出されている。


 貴族に呼び出されるのは毎回緊張するけれど、お菓子は好きだし、市井ではまだ出回っていない素材やレシピを垣間見ることができるのは楽しい。


 今回もそんな呼び出しの一環として出向いたのだけど、今日はどうも、いつもと少し様子が違った。


 スレイア様と日頃仲の良い、ローメート様やエルアイズ様、オゼット様が、妙にソワソワしている。


「どのような評価を下されるか、落ち着かぬ心持ちですわね」


「宰相様はお優しいお方ですから、厳しい言葉など口にされないと思います」


 エルアイズ様とローメート様の会話から察するに、宰相、ロア=シュタイン様が同席するらしい。


 宰相様の名前くらいはアウリルも知っている。先の戦いでルデクを勝利に導いた有名人だ。王都においては知らない方がおかしい。


 以前、父と凱旋式を見に行ったことがある。すごい人だかりで、ほとんど観客の頭しか見えなかったけれど。


 そして宰相様は別の意味でも、私たち菓子職人に知られたお人でもある。


 ザクバンのシルク焼き、そして泡雪(ホイップクリーム)と、短い期間でお菓子職人を唸らせる2つの新しいお菓子を世に送り出した張本人なのだから。


 特に泡雪(ホイップクリーム)はその汎用性の高さと、泡雪(ホイップクリーム)をベースに誕生したシュークリームのおかげで、瞬く間にお菓子業界の中心に躍り出ていた。


 今まさにこの時も、どこかで見知らぬ菓子職人たちが泡雪(ホイップクリーム)を使った新しいお菓子を考案しようと奮闘しているはずだ。


 一昔前はお菓子の修行といえば、大陸の西の端にあるシューレット王国が本場という認識だった。シューレット帰りの職人は、一生食いっぱぐれないとされるほど、菓子職人には特別な肩書きだったのだ。


 それが近年は徐々に、ここ、ルデクの王都こそが新たな菓子の都と認識されつつある。新しいお菓子の発表もだけど、お菓子の祭典が大々的に開催されたのも大きいと思う。


 ともかく、そんな宰相様がおいでになるならば、貴族の皆様が浮き足立つのは無理もない。


 そうしてやってきたのは、少し地味……親しみやすそうな男性である。見た目に反して、一緒にやってきた人たちの顔ぶれは豪華そのもの。


 まずはゼランド王子様のお妃様であるルファ様。それと戦姫として名を馳せたラピリア様。あとのお一人、リヴォーテ様のことは知らなかったけれど、後から聞いた話ではグリードル帝国の関係者の方らしい。


 ルファ妃や宰相様と親しげなので、こちらもおそらく偉いお方なのだろう。


 会は問題なく進行したのだけど、最後になってまた宰相様が変わったお菓子のアイディアを提案してきた。それをリヴォーテ様があっという間に完成品へと導いてゆく。


 なるほど、このお方はもしかして、帝国で料理のお仕事に従事されているのかもしれない。その関係でルデクにやってきているのだろう。


 なぜかご本人は『食には興味がない』と仰っていたけれど、料理人の端くれとしてそのくらいのことは分かる。多分、公にできない任務などを背負っておられるのだ。


 そうして生み出されたクロップ巻き。これもまた、大いなる可能性を秘めた存在である。家に帰ってから早速父に作ってみせると、


『これはまた……とんでもないな』


 と唸ったほどであった。即興の生地であったから、改善の余地はかなりあると思うし、包む中身も自由自在だ。


 トラド祭でもお手伝いをすることになったので、可能な限り修練して、宰相様のご迷惑にならないようにしなければ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 トラド祭が終わった翌日。


 アウリルはベッドでぐったりしていた。普段の忙しいと言う言葉が、陳腐に感じるほどの慌ただしさだった。


 延々と泡雪(ホイップクリーム)をかき混ぜていたので腕が痛い。流石に今日はお休みとして、終日だらだらするつもりだ。


 と言うわけで二度寝でもしてしまおうかと思った矢先のこと。


 父がノックもなく部屋に飛び込んできた。


「ちょっと!」


 抗議の声を上げるも、父はただただ口をパクパクさせながら、外を指差すばかり。


「……宰相様が、宰相様が表にお見えだ! すぐに着替えて下に来なさい!」


「え!?」


 一体何があったと言うのか? 慌てて準備を整えて店先に出てみれば、おつきの人と楽しげに会話する宰相様と、その後ろには立派な馬車。こちらに気づくと軽く手をあげる。


「やあアウリル。早速で申し訳ないんだけど、今日、暇?」


「は、はあ……」


「よかった。じゃあちょっとお出かけしよう」


 あまりの唐突な展開に、普段使わない顔の筋肉が引き攣ったのが分かった。






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― 新着の感想 ―
この時期にルデクに滞在していたリヴォーテという人物は、美味美食を求めて世界を巡るグルメ評論家の先駆けとも言うべき人物で、帝国軍人にして鋭見と呼ばれた名将リヴォーテとは別人です。 大体ですよ、いくら平和…
> なるほど、このお方はもしかして、帝国で料理のお仕事に従事されているのかもしれない。その関係でルデクにやってきているのだろう。  うん、太郎モードのときはだいたいそれであってるw というか本来の顔…
以前のソバの件といい、今回といい、帝国の重鎮、鋭見のリヴォーテがルデクでは「料理人」「食の専門家」と認識されてそうですね。 後の歴史家が混乱しそうです。 それは置いといて、ロア君、先触れもなしにいき…
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