【やり直し軍師SS-552】甘き集い、再び(7)
何やら大袈裟な宣言が調理場に響き渡り、若干戸惑った空気が漂う中、エルアイズ様が「ふふっ」と微笑む。
「確かにローメート様のおっしゃる通りですわ。これはルデクに存在しなかったお菓子だと思います。そして……ローメート様、今回のお祭りはこちらを提供されるのが一番よろしいかと」
「ええ! ええ! 全くその通りですね! よろしいですか!? 宰相様!」
興奮冷めやらぬローメート様が許可を求めているけれど、そもそもなんの話かさっぱりだ。
いや、待てよ。今エルアイズ様が“祭”と言ったな。もしかしてあれかな。
「そういえば、そろそろトラド祭の時期でしたか」
「ええ。お祭りで子供達に提供するお菓子について考えていたのですが、シュークリームよりも食べやすそうな、クロップ巻は理想的です!」
なるほど。だから口の小さな人が食べやすいようにとか、食感に面白みを求めて試行錯誤していたのか。
トラド祭。仰々しい名前でさぞ大きなお祭りかと思えば、さにあらず。これは孤児院と地域住民の交流会の名称である。
こんな名前がついた経緯が少し面白い。
かつて、ルデクが周辺国全てから狙われ、存亡の危機に陥っていた頃。僕の出した帝国との同盟提案をきっかけに、王から大いなる不興をかった人たちがいた。
貴族たちのことだ。
貴族院を中心とした貴族連中は、王の怒りを受けて、それぞれの身の振り方を考えねばならなくなったのである。
選択肢は3つ。まず、第一騎士団および第九騎士団に加担した縁者を持つ貴族は、全ての財産を吐き出し、軍費に回す。それ以外の貴族は資産の半分を。受け入れれば、それでひとまずは赦される。
拒否した場合は王から貴族権が剥奪される。甘んじて受け入れて平民になるか、もしくは財産を抱えて逃げるしかない。
当時、この最後の選択肢を選ぶ貴族がいくつか出た。けれどその未来には絶望しか待っていなかった。
帝国及びゴルベルと同盟したルデクの手を逃れるならば、リフレアを頼るしかない。でも肝心のリフレアは滅び、ルデクが強国となったのちは、周辺国もその力を無視できなくなる。
結果的に、ルデクを裏切り己の利のために逃げてきた貴族など、後々を思えば、どの国のいかなる家であっても、扱いに困る存在となる。
仮にいっとき保護したところで、早々に出ていってほしいと言うのが本音だろう。もう彼らの居場所は、大陸のどこにもない。
庇護もなく財産を抱えて彷徨けば、行き着く際は野盗連中の餌だ。
多分逃げた貴族はそのほとんどが潰えたんじゃないかな? まあ、僕には関係のない話。
それよりも、主題は残った貴族たちの方。こちらは資産を吐き出したところで、ようやくスタートラインに立った状況。王から睨まれたままなのは変わらない。
そんな貴族たちに対して王は命じたのだ。「貴族の義務を示せ」と。具体的には福祉や文化貢献を求めた。
以来、貴族たちは躍起になって福祉と文化事業に注力しているのである。その一環が孤児院への支援。
孤児の問題は、王都の喫緊の課題のひとつとなっている。
ルデクが平和になり、戦争孤児を生み出さなくなったので、孤児の数は減ると思われていた。実際、国内全体で見れば減少傾向にある。ところが王都ルデクトラドにおいては、逆に増加しているのだ。
理由は王都の急激な繁栄。
今も拡張を進めている王都には、たくさんの人々が成功を求めて流れ込んだ。
しかし現実は甘くはない。立ち行かなくなった者が、子供を残して去ってしまうという事例が頻発。
中には「王都が栄えているなら大丈夫だろう」という無責任な理由で、子供の置き去り目的で来訪する不届き者もいると聞いた。
そこで、貴族たちに支援させる方向にしたのだ。
その孤児院は昔から、年に一回、ささやかなお祭りとして、地域住民との交流会が行われていた。この名がつく以前は、単に「お祭り」と呼んでいたらしい。
これを貴族たちが「トラド祭」と変更したのである。
あからさまな王への阿諛ではあるけれど、ゼウラシア祭とか王祭とはせず、王から絶妙に文句が出ない名前をつけるあたりが、貴族のやり口をよく体現している。
命名に関する経緯はともかく、貴族の支援が手厚くなったことで、孤児たちの扱いが良くなったのは事実で、それは素直に賞賛したいところだ。
トラド祭りも年々様々な催しが実行されているので、このお菓子もその一環か。
「もちろん、クロップ巻を提供してもらっても問題ありませんよ」
僕が快諾すると、ローメート様たちは大喜びである。トラド祭りは貴族の領分として、僕は比較的遠巻きに眺めていたので、こんなふうに貢献できるのなら何よりである。
「ね、それならせっかくだから私たちもお手伝いしようか!」
こう言う時に、躊躇なく参加できるお妃様の一言。
「ああ、それは素晴らしいですね! とはいえお忙しいでしょうから、よろしければ少しだけでも……。その、リヴォーテ様もいかがですか!」
目を輝かせながら口にするオゼット様のお誘いに、僕もリヴォーテも断る言葉を持たなかったのである。




