【やり直し軍師SS-551】甘き集い、再び(6)
みんなの注目を集めた僕は、こほんと一度咳払い。
「あー、えっとですね。実は、僕が提案するのはシュークリームではないので、まあ、余興として食べていただければと思うのですが……」
恥ずかしながらシュークリームに流用できそうなものは、何も思いつかなかったのである。テーマから外れた発言に、微妙な空気が漂うかと思ったけれど……。
僕の言葉にいち早く反応したのはローメート様。深刻そうな顔をしながら、僕の方に近づいてくる。もしかして、何か怒らせてしまったのだろうか?
「あ、やっぱりシュークリームじゃないのは微妙ですよね。やっぱりやめておき……」
そこまで言いかけた僕の、すぐそばまで顔を寄せたローメート様は、
「…それはつまり……宰相様の新しいお菓子、ということですか?」
と言う。
「いえ、そんな大したものではなくてですね……」
グイグイくるローメート様に、タジタジになる僕。僕が考えたのは南の大陸で供されたデザートを流用しただけの代物で、内容は至ってシンプルなのだ。
南の大陸の遠征において、出陣まではモリネラの王宮内でそれなりの料理が出されていた。その中の一つに見慣れぬデザートがあったというだけの話。レシピを知っているわけでもないので、正しい作り方すら怪しい。
とはいえ完全に再現する必要もないのだけど。あくまで似たような生地になればそれでいいのである。
「あの、預けておいた器具を持ってきていただいてもいいですか?」
僕がそのように伝えたのは、ローメート様の家の執事さん。来訪時に「内緒で」と渡しておいたのだ。最初に出したら質問攻めに合うからね。主にローメート様から。
「かしこまりました」
すぐに執事さんが持ってきてくれたのは、小ぶりな鉄板である。
「丸い鉄板? これは一体?」
菓子職人のアウリルも首を傾げるこの器具を見て、一人「ほお」と呟いたのはリヴォーテ。
「あれ、もしかしてリヴォーテは気づいた?」
実はこれ、リヴォーテだけは気づく可能性があった。なぜなら僕以外では唯一遠征に同行していたから。それでもこんなに早く気づくとは思っていなかったけど。
「うむ……いや、と言うことは、“アレ”に泡雪を載せるのか」
「そう。どうかな? 結構悪くないと思うんだけど?」
「……ありだな。これはかなり面白い」
僕とリヴォーテの会話に、ローメート様が痺れをきらす。
「焦らさずにお教えください! 一体何を作ろうと言うのですか!?」
「あ、すみません。えっとですね。この平らな鉄板を熱して、シュークリームの生地を薄く焼きたいんですけど……」
「では、僭越ながら私がお手伝いしましょう」
アウリルの申し出をありがたく受け取り、僕の指示に従って生地を溶くと、熱した鉄板に広げ始めた。
「これ、南の大陸の晩餐の時に、一度出てきたデザートなんです。この薄皮に砂糖をまぶしたり、蜂蜜をかけて食べるんですよ。確か名前は……え〜っと」
「クロップだ」
「さすがリヴォーテ。そう。クロップと言う料理名でした」
僕の説明を受けて、ローメート様もこれから起こることに気づいたのだろう。
「つまり、この生地に泡雪を乗せて食べると?」
「はい。南で食べたものは、生地も甘くしつらえられて、追加の砂糖や蜂蜜の甘味が加わると僕には甘すぎたんですよね。代わりに、甘くない生地と泡雪なら、それなりに調和するんじゃないかな、と」
僕はアウリルに、泡雪を乗せるように伝えると、
「待て!」
とリヴォーテが制する。
「どうしたのさ?」
「真ん中に乗せるのではなく、端の方にまとめ、この生地をくるりと丸めてみるのだ」
「それってどういう……」
「あ! もしかして食べやすさのためでございすか?」
淑女たるもの、シュークリームに大口でかぶりつくにくいと言ったエルアイズ様がリヴォーテの意図を察して声をあげる。
「ああ。そうだ。それと、生地が薄い分、それだけでは甘みが勝ちすぎる。何か酸味のある果物はないか?」
「あります!」
慌てて果物を取りに走るローメート様。
「せっかくだ、見た目にもこだわるべきであろう」
もうこうなるとリヴォーテの独壇場である。皆、リヴォーテの指示に従って、新たな菓子を仕上げてゆく。
「……できました」
「わあ! 綺麗!」
ルファが感嘆の声を上げたように、色とりどりの果物が添えられたことで、随分と見栄えの良いものが出来上がった。
「名前はなんといたしましょうか?」
アウリルが僕を見るけれど、僕は軽く首を振る。
「いやぁ、ここはリヴォーテが名付ければいいんじゃないかな?」
僕だけでは絶対にここまでの仕上がりにはならなかったからね。
「む? ……そうだな。ひとまずはクロップ巻で良いのではないか?」
「確かにわかりやすそうだね。南の大陸の人にも伝わりやすいから、もしかしてちょっとした話題になるかも」
そんな僕らの会話に、
「……それどころではありません! 今、新しい時代の扉が開きましたわ!!」
とローメート様が興奮しながら高らかに宣言するのだった。




