【やり直し軍師SS-550】甘き集い、再び(5)
次の順番はオゼット様。けれどオゼット様が向かったのは、誰もいない調理台だ。僕らが不思議に思っていると、調理台の前にローメート様が移動する。
「実は今回、私とオゼットさんは共同で一つの試作品を作っております」
そんなふうに微笑むローメート様。対するオゼット様は手を振りながら恐縮。
「私はほとんど何も! こんなシュークリームが食べたいですねとお話ししていたら、ローメート様が実現してくださって……!」
「いいえ。たくさんのアイディアや試食を重ねたのはオゼットさんですから、こちらは間違いなく私たち二人で作り上げたものですよ。宰相様、こちらのオゼットさんはいつも面白い着想から、私たちの予想もつかないようなお菓子を生み出しているのです」
「へえ、それは凄いですね」
「とんでもありません! 私は料理もできませんし、ただただ食い意地が張っているだけで!」
「いや、しかし、柔軟な発想とは天性のものだ。それは評価するべきであろう」
恐縮するオゼット様に対してそう口にしたのはリヴォーテだ。そんなリヴォーテの言葉に、ローメート様が深く同意する。
「リヴォーテ様のおっしゃる通りです。私など、どれほど修練しても、オゼットさんのような柔軟さは出てきません。オゼットさんはもっと誇って良いと思います」
ローメート様に褒められて、益々体を縮こませるオゼットの肩を、ルファが「凄いよねぇ」と言いながらもみもみ。
そんな様子を微笑ましくみていたら、
「では早速始めましょうか」
とローメート様が動き出す。端から見ていてもかなり洗練された動きだ。本当に日常的にお菓子作りに勤しんでいるのだろう。
「ちなみに、ローメート様はどんなシュークリームを?」
「それは完成してからのお楽しみと致しましょう。ですがそうですね、私たちもエルアイズさんと同じような方向性で。シューの方に注目いたしました」
「へえ。どんなふうになるか楽しみですね」
「宰相様にご期待いただけるようなものができますかどうか」
口を動かしながらも手を止めないローメート様。着々と進んでゆく作業を見ていると、ぱっと見ではいつものシュークリームと大きな違いはない。いや、生地の部分が少し色が濃いような?
ローメート様の作業を見つつ、話題は再び謎の葉っぱ、ロエナのことに。あの独特な食感は、少なくとも僕は類似した食材の記憶はない。
今のところ、美味しいというよりも、面白いという表現が一番しっくりくる代物だ。
先ほどまでは料理役であったアウリルは、出番が終わって僕らと同席している。ロエナをこの場に持ち込んだアウリルに対して、様々な質問が飛び交った。
僕も多少は興味がある。
「ルデクの一部で自生していると言っていたけれど、どこでも育つのかい?」
「いえ。確実なことは言えませんが、あまり寒いとダメなようです。王都周辺辺りがおそらく北限なのではと父が話しておりました」
「え? 王都でも育つの?」
「はい。と言っても、私の家の片隅で育てているだけで、たまたま条件が揃っただけかも知れませんが」
「それはぜひ、実際に見てみたいね」
「狭い家の小さな庭でよろしければ」
「全然気にしないよ。お父さんにも話してくれるかい」
「はい。では、父に確認して、スレイア様にご報告申し上げますので」
アウリルに約束を取り付けた頃、
「できましたよ」
という声で、みんなの注目はローメート様へ。焼き上がったシューはやっぱり明らかに色が濃い。泡雪の白さが際立つようなコントラストだ。
「では、どうぞ召し上がってくださいませ」
ローメート様に促され、思い思いに口に運ぶ。
ざくり。バリバリ。
噛みついた瞬間に、ローメート様たちの目指した方向性がわかった。通常のシューよりも明らかに固く、香ばしい。
でもこのザクザク感が心地よい。個人的な好みならば、普通のシュークリームよりもこちらの方が好きかも知れない。
「これはまた、面白い食感ね」
満足そうなラピリア。
「不思議なクッキーを食べているみたい!」
ルファも興味津々で、ローメート様のシュークリームに齧り付いている。
「いかがですか?」
「美味しいです。僕はこのくらいのシューの方が好みかも知れません」
この辺りはどちらが優れているというわけではない。それぞれの嗜好に合わせて選べばいいのだ。
「うむ。これはすでにある程度完成しているな。このまま世に広めても問題ないように思う」
リヴォーテのお墨付きも出た。
僕らの感想を心配そうに見つめていたオゼット様の表情が、パッと明るくなる。
「リヴォーテ様にそのように評価していただけるなんて、とても自信になります!」
「む? 私は大したことは言っていない」
「いいえ。ルファ妃から聞いておりますよ。『リヴォリヴォって、食べ物にすっごく詳しいんだよ!』と」
「……ルファ、後で少々話がある」
「えー、怒らない?」
「それはお前の回答次第だ」
「じゃあやめとく!」
「やめるとかやめないとかの話ではない」
伸ばしたリヴォーテの手をするりと躱し、チョロチョロと逃げ回るルファ。それを追うリヴォーテ。
「あらあら、お元気ですこと」
エルアイズ様の一言で、場にいたみんなが、二人を見ながら笑う。
そうしてルファがリヴォーテに捕まり、眉間をぐりぐりされたところで、
「リヴォーテ、その辺にしてあげてよ。そろそろもう一品作るからさ」
と僕が言えば、
「ほお。私が口にする価値のあるものか?」
「どうだろう? まあちょっと試しに、ね」
思わせぶりな僕に、ようやくリヴォーテはルファから手を離すのであった。




