【やり直し軍師SS-549】甘き集い、再び(4)
「では、次は私が」
名乗りを上げたのはスレイア様。スレイア様お抱えの菓子職人さんの前に移動すると、そこに待っていたのは年若い娘さんだ。
「あなたが作ってくれるの?」
ルファが聞けば、すっと頭を下げる娘さん。
「ルファ妃様、この娘はまだ経験も浅いですが、そのセンスは非凡です。今私が一番目をかけている菓子職人ですの」
「へー! すごいね! 楽しみにしてるね!」
無邪気に口にするルファに対して、穏やかに微笑む。若いのに随分と落ち着いた人だなぁ。
早々に作業に入った娘さんに代わって、スレイア様が解説を始めた。
「ちょうど先ほど、宰相様が果物について言及しておられましたが、私はそのあたりに力を入れております。宰相様のおっしゃる通り、泡雪と果物はとても相性が良いので、とことん追求してみようかと」
「では、今回はどんな果物を?」
「それは完成してからのお楽しみといたしましょう」
含み笑いのスレイア様の後ろで、流れるような動きでシュークリームを作成してゆく娘さん。動きに全く無駄がない。
「ねえ、スレイアさん、あのお嬢さんは何てお名前なの?」
ルファの問いに、スレイア様はチラリと娘さんに視線を向ける。
「アウリルと申します。父も菓子の職人でして、幼い頃から修練を積んでいたそうです」
「子供の頃からお菓子作りを!? すごいね!」
そんな会話をしているうちに、アウリルのシュークリームはいよいよ大詰めに。シューの焼き上がりに合わせて、泡雪を完成させると同時に、見慣れぬ何かをさっと混ぜ込んだ。
「これで完成です。どうぞ」
エルアイズ様のシュークリームとは打って変わって、一見すると形は普通。ただ、シューの間から覗く泡雪の中から、サイコロ状になった透明な果実らしいものが顔を覗かせている。
とにかくまずは一口。
サクリとしたシューから、口の中にふわりとした甘い泡雪が広がる。
ここまでは変わりない。が、口の中で抵抗なく消えてゆく泡雪の次に、クニュクニュした食感のそれが歯にあたった。
改めて噛み締めてみればわずかな抵抗があって、それからぷちんと噛み切れる。そして肝心のお味は……。
「これ、本当に果物?」
思わず僕は疑問を口にする。甘い、といえば甘いけれど、かなりほのかな甘みで、泡雪に甘さに完全に負けている。単独で慎重に味わってようやくわかる程度だ。
ただ、食感はすごく面白い。シュークリームに合っているかは正直よくわからない。今まで経験したことのない組み合わせで、頭が理解していない感じがする。
「……宰相様のお言葉の通り、実はこれは果物ではありません」
悪戯が成功したように「ふふふ」と笑うスレイア様。
「一体これは何なのですか!?」
お菓子のことには俄然積極的なローメート様が詰め寄ると、スレイア様はアウリルへと顔を向けた。
「実はこれを提案したのはアウリルなのです。アウリル、皆様に説明を」
「はい。実はこれ、とある植物の葉っぱです」
「葉っぱ!?」
皆が驚きの声をあげる中で、アウリルが調理台の下から肉厚な大きな葉っぱを取り出してきた。
「ロエナ、という植物です。元は南の大陸のものですが、南の商人が持ち込んだのか、ルデクでも一部の地域では自生しています」
言いながら葉っぱの一番外側を剥けば、中には透明なゼリーのような果肉が。
「ご安心ください。南の大陸では食用にされておりますし、事前にスレイア様の眼前で、私たち家族が毒味をして、問題ないことを証明しております」
「しかしよくこんな食材を存じておりましたね?」
ローメート様が感心したように頷けば、
「恐れ入ります。もともとは父が知っておりました。なので私は単にそれを、スレイア様にお伝えさせていただいたまでのこと」
と、非常に冷静なアウリル。
「それで、お味の方はいかがでしたでしょうか?」
それは答えに困る質問である。僕だけではなく、みんな一旦言葉に詰まった。そのままなのも気まずいので、代表して僕が口をひらく。
「美味しい、のかもしれないのだけど。正直初めての体験で、表現する言葉が見つからないというのが一番正しいかもしれない。ただ、このロエナという食材の可能性については大いに検討の余地がある気がする」
「ありがとうございます。南の大陸では美容にも良いとも言われているようです。食べずに保湿などに利用されることもあると聞きました」
アウリルの一言で、女性陣の目の色が変わる。
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」
貴きご婦人方に囲まれて、初めて少し困った顔をしたアウリル。蚊帳の外の僕は難しい顔のリヴォーテに話しかける。
「リヴォーテはどうだった?」
「む。……そうだな……。組み合わせとしてはまだまだ改良の余地がある。この食材はもっと他に、活かせる方法があるように思う」
「なるほど」
それだけ口にしたリヴォーテは、再び難しい顔で考えに耽り、すっかり手持ち無沙汰な僕は、女性陣の話が一段落するのを黙って待つのだった。




