【やり直し軍師SS-55】ネルフィアのお仕事①
王の私室には、ネルフィアと王だけがいる。特別な報告の時だけ取られる処置だ。
「バーミントン家と繋がっていたのは、キンズリーであったか……」
バーミントン家がゾディアック家にちょっかいをかけ、ラピリアに縁談を持ち込んだ一件。
ネルフィアからその顛末の報告を受けて、ゼウラシア王は視線鋭く天井を睨んだ。しばししてから、王はネルフィアに視線を戻す。
「しかし、ダーシャの持っていたリストに、キンズリーの名はなかったと記憶しているが?」
王の言う通りだ。サザビーたちが入手したヒューメットとの血判状に、キンズリー=インブベイの名前はなかった。
これがどのような意味を持っているのか。
「単純に考えれば2つほど可能性がごさいますね」
ネルフィアの言葉に、王は続きを促す。
「一つ目の可能性は、ダーシャ様のリストに載せる必要がない、つまり脅す必要がないほどに、ヒューメット=トラドに近しい人物であること」
「うむ。キンズリーは古株の貴族だ。おじ……いや、ヒューメットと深く通じていても不思議はない。しかし……」
王とネルフィアは同じ疑問を抱いている。ダーシャ様とキンズリーの格を比べれば、キンズリーの方が上。ヒューメットの性格を鑑みれば、ヒューメットならキンズリーにこそルデク側の手綱を任せたいと考えるはず。
貴族院を仕切るキンズリーなら、東の貴族を密かに取りまとめるのも容易であり、色々とやりやすいのは間違いない。にも関わらず、ヒューメットはダーシャ様を内応の中心に据えた。
ここからもう一つの可能性が浮かび上がる。
「ヒューメット以外に、リフレアからルデク貴族、それも中央貴族に影響を及ぼせる人物がいる…」
現在、ダーシャ様からもたらされたリストと情報を元に、北部の要警戒貴族は第八騎士団が監視している。
だが、中央貴族となると話は別だ。
本来、中央貴族とは王が認め、特別に取り立てた家もしくは親族であり。地方貴族に比べて国への忠誠心はより高くなくてはならない。
そうでなくては、物理的に貴族側も困るのだ。
何せ、中央貴族の多くは領地を持たない。王家からの分配金によって我が世の春を謳歌している。王に弓引くことはすなわち、自らの首を締める事と同義だ。
そのような利害関係がはっきりしているからこそ、王は中央貴族を優遇している。別に王に遜る必要はないが、ルデクという国に対しての想いは不変でなくてはならない。
故にこそ、中央貴族へのある程度監視の目は緩いのだ。尤も、キンズリーに関してはここのところ蟄居を命じられていたので、比較的厳しい監視の中にはあったが。
万が一、中央貴族の中にもリフレアの息がかかったものがいるとなれば、第八騎士団は中央の、或いは全ての貴族を洗い直す必要に迫られる。
それでもまだヒューメットが関係しているのであれば、多少はましだ。すでに対応するためのカードが多数ある。面倒ではあるけれど、不心得な中央貴族の炙り出しはなんとかなる。
しかし、別の人物が関与していた場合は、話が変わる。ネルフィア達は手探り状態から探らねばならない。 しかもキンズリーほどの大物を動かせる相手だ。そう簡単に尻尾は掴ませないだろう。
「……キンズリーの扱い、どうされますか?」
無難な処分ならば、泳がせて情報を得るのが定石。
後々を考えるなら、この選択が最良だ。状況を掴みやすくなる。
だが……
「キンズリーは生かしてはおけぬな」
王の選択は、消す、だった。
そうだろうなとネルフィアも思う。相手は貴族院の中でも発言権の大きい人物。泳がせている間に別の火種を生み出しかねない。
「畏まりました。手配いたします」
ネルフィアは深々と頭を下げた。
「うむ。なるべく波風のたたぬ、それでいてキンズリーに与するものを牽制する方法が良い」
「では、病死ですね」
分かるものにははっきりと分かるような病死。この辺りは第八騎士団にとってはお手のものである。
キンズリーを処分した後、インブベイ家を家探しするしかないか。有益な情報が出てくると良いけれど、可能性は低いかもしれない。
「バーミントン家はどうされますか?」
ネルフィアの問いに、王は再び天井を睨む。
「うーむ」
王は顎髭を撫でながら迷いを見せた。
相手が分からぬ以上、ヒューメットに警戒される覚悟で、いっそこちらも処分して大きな牽制とする手もある。些か乱暴な方法なので、できれば使いたくはないけれど。
「バーミントン家は、まず探る。ネルフィア。バーミントン領へ向かい、ヒューメット絡みかどうかを含め精査せよ」
「畏まりました」
ネルフィアも無難な判断だろうなと感じながら、すぐにバーミントン領での手筈に考えを巡らすのであった。




