【やり直し軍師SS-548】甘き集い、再び(3)
ローメート様の住むお屋敷の調理場は、とても大きかった。王宮ほどではないけれど、一般のご家庭にある規模ではない。
僕とラピリアが感心していると、着替えを終えたローメート様がやってくる。
「食い意地が張っているように見えて、お恥ずかしいです。私の趣味の兼ね合いと、お兄様やお客様に対応するために少々大袈裟に……」
さすがは王の実妹。
そんなふうに恥じらうフリル付きのエプロン姿のローメート様が、全員をぐるりと見渡した。
「それではどうしましょうか? 皆様ご自由にお過ごしいただき、料理を始めましょうか」
というと、オゼット様が元気に手を上げる。
「せっかく宰相様やリヴォーテ様がおいでですし、時間はたっぷりあります。ここは一つずつ調理を見学し、味見してゆくというのはいかがでしょう?」
「それは素敵なご提案ですが……宰相様、リヴォーテ様のお時間は大丈夫ですか?」
「僕らは休日なので大丈夫ですよ」
「私も問題ない」
僕らの返事を聞いて軽く頷くローメート様。
「でしたら、オゼットさんの言葉の通りにいたしましょう。それでは、最初はどなたからにしましょうか?」
「では、僭越ですが私から」
名乗りを上げたのはエルアイズ様だ。異論は出ず、みんなで揃ってエルアイズ様お抱えの菓子職人の元へ。
エルアイズ様が菓子職人を紹介すると、職人さんはやや緊張の面持ちで頭を下げ、すぐに作業に取り掛かる。
職人さんが生地を混ぜる横で、エルアイズ様が解説を始めた。なるほど、個々に回ると聞いて、年長のエルアイズ様が全体的な流れを作り出そうとしてくれたのか。
これで次に続く人は、職人には作業に集中させて、自分が解説するという展開ができた。
「私は、泡雪の工夫ではなく、生地の方をどうにかできないかと考えました」
「ほお。生地」
リヴォーテが視線鋭く職人の手元を見つめる。戦場にいるのと同じくらいの真剣さだ。
そんなリヴォーテの視線の先、丁寧に混ぜられた生地が絞り布に詰め込まれる。ここからが少し興味深かった。
僕が聞いた本来のシュークリーム用の生地ならば、丸くなるように絞り出すのが基本。けれどその菓子職人さんは棒状に整形したのである。
「……宰相様の生み出したシュークリームというお菓子は、非常に美味ではございますが、私のように口の小さな者は少々食べるのに難儀しておりました」
ああ、確かに。まして貴族の淑女となれば、大口を開けてかぶりつくわけにもいかず、かといって小さくかじり取ると、鼻に泡雪がくっついてしまう心配がある。
「や、僕は泡雪を作っただけで、シュークリームを生み出したのは別の方ですよ」
「左様でしたわね。これは失礼いたしました。ともかく、このシューの部分どうにか食べやすくできないかと試行錯誤を繰り返しました。単純に小さな生地にするのも悪くなかったのですが……」
そこで言い淀んだエルアイズ様に、ルファが元気よく声をあげる。
「ちっちゃいと、ついついいっぱい食べちゃいそうだよね!」
そんな言葉にエルアイズ様も苦笑。
「ええ。全くです。そこで、できれば1つでも満足感が得られて、尚且つ食べやすい形状を、と、考えた結果、このような形に」
このくだりだけでも、ここにいる方々の情熱が伝わってくるようである。
というわけで、生地が焼けた。まだ湯気の上がっている細長いシューの真ん中に、丁寧に切れ目を入れてゆけば、サクサクと小気味良い音が僕の耳にもはっきりと届いた。
「中に入れるのはごく一般的な泡雪です。さ、それではご試食を」
エルアイズ様の言葉を待っていたかのように、僕らの元にはお茶が運ばれてくる。
僕は細長いシュークリームを摘むと、その端からざくりと噛み付く。うん。味はシュークリームのそれ。シューが焼き立てでサクサク感が小気味良い。
そして何より食べやすさという点では、確かにこちらの方が食べやすい気がする。
「これは女性に好まれるわね」
ラピリアが納得顔で一口、もう一口と食べ進めてゆく。そんな隣でやはり難しい顔をしているのはリヴォーテ。
「リヴォーテ様のお口には合いませんでしたか?」
エルアイズ様の言葉に、「いや」と短く否定するリヴォーテ。
「確かにこの工夫は見事だ。しかし、この長さにしたことで、クリームの水分を吸ったあとでは、端を摘むと、重さで少したわんでしまうのが気になった。何かで補強ができれば、より食べやすくなると思うのだが……」
「……なるほど。言われてみれば確かに。まだまだ検討の余地はありそうですわ。貴重なご意見ありがとうございます。宰相様はいかがですか?」
リヴォーテの的確な指摘の後に振らないで欲しかったかも。何か気の利いたことを考えたけれど、残念ながら思い浮かばない。
「面白い試みだと思います。上に切れ目を入れるなら、果物なんかも挟めそうですね」
「やはり宰相様もそう思われましたか。そちらも色々試しております。理想的な組み合わせが見つかったら、その時はぜひまた、ご賞味いただきたいですわ」
「そうですか。それは楽しみです」
「さて、これで私のシュークリームは以上です。次の方に譲るといたしましょう」
そんな言葉で、エルアイズ様は解説を締めたのである。




