【やり直し軍師SS-544】騎士団修行(9)
ゼファーの予想通り、先頭で追ってくるのはオルレットだな。
ジュノスは鎧からそう判断し、オルレットの特徴を思い返す。
キツァルの砦にいた指揮官とは、ほぼ全員と手合わせをしている。交流はわずかな時間とはいえ、その性格は多少なりとも把握していた。
オルレットは双子が去った後に、改めて重装騎兵部隊を任された将だ。若くして重責を任されるだけの有望株である。
重量のある鎧を纏って平気で動き回る特殊部隊を率いているだけあって、体力も膂力も人並み以上。手合わせにおいても、勝負がつかなった相手の一人だった。
グランツを除けば、今回の敵方の中では個人の最強戦力といえよう。ジュノスが暴れることを見越して、オルレットをぶつけてきたのだとすれば、光栄なことだ。
だがこれは想定内。ジュノスは時間を稼ぎたい。相手は重装騎兵。騎兵といえど速度は控え目。好都合だ。
「ジュノス! 臆したか!」
ジュノスの背中を追うオルレットから挑発が飛ぶ。
ジュノスは少し速度を緩め、自分の部隊の最後尾に下がると、オルレットを一瞥しながら返事はせずに視線を戻す。このさりげない行動で、こちらが我慢していると思わせることができれば御の字だ。
どうも第四騎士団の面々より、ジュノスは挑発されればすぐに喧嘩を買う性格と認識されている節がある。
……別にそんなことはないのだが、よく知られたザックハートの一件と、グランツにいきなり勝負を挑んだ事実を踏まえればそう思われても仕方がない。
だが、現状においてはこの誤った情報が良い方に転がっている。ジュノスが挑発にのりそうだと考えれば、意地になって追ってくれるはず。
さらに、敵を引きつけるためにもうひと工夫。
「ボルドラス将軍を狙うぞ!」
ジュノスはそう部隊へ指示を出しながら、適度な距離をとりつつ迂回。宣言通り、ボルドラスを狙うような動きを見せてゆく。
この辺りは事前の軍議で打ち合わせ済みなので、ジュノスが指揮に慣れていなくとも問題なく動く。
これも時間稼ぎの一環。ジュノスが短絡的にボルドラスを狙って隙を窺っているように見せ、敵の注目を集めるのだ。
移動しながら全体を見渡せば、同じ目論見で動いているリュージェの部隊が見えた。ジワリと敵に囲まれつつある。
「おい! 大将! よそ見している場合じゃねえぞ!」
副官役の将から呼ばれ、前を向いて見ればいつの間にか進行方向に敵の兵士が見えた。いつの間に?
流石に上手いな。こちらの動きを制限しつつ、うまく囲い込んできた。
「俺が先頭に出て突破する! それから一度リュージェの部隊と合流するぞ!」
「了解!」
いうなり一気に先頭に飛び出したジュノスは愛槍を振り回した。穂先は養生しているとはいえ、まともに喰らえば大怪我は必至だ。ジュノスの勢いに押されたのか、割合簡単に突破口が開けた。
「大将は突撃だけならもう、いっちょまえだよな」
飄々とした副官の言葉に、誉められているのか皮肉なのか判断がつかず、黙ってリュージェとの合流を狙う。
リュージェもこちらの狙いに気付いたようだ。どうにか敵の包囲をくぐり抜けようとする動きが確認できた。
と、ここまて沈黙を守っていたボルドラスがついに動き出す。こちらに向かってではない。砦に進軍を始めたのだ。
気がつけば、ジュノス達は砦と正反対の場所にいる。砦に戻るには敵の只中を抜けないとならない。
ボルドラスの動きに合わせて、グランツを始めとした多くの隊がジュノスを追い回すのをやめて砦に押し寄せ始める。
相手にされなくなれば、ジュノスは敵を追うしかないが、当然対応してくる。
むしろ、砦への進軍自体がジュノスやリュージェを誘き寄せるための罠で、こちらが突き進んだところで、一斉に反転、攻めかかられるかもしれない。
どうする。
気持ちの中に迷いが生じた。
リュージェの救出が先か。それともボルドラスの背後をついて、もう一度こちらに注目を集めるか。
「おい! ぼうっとするな!」
叱責が飛び我に返れば、背後で戦闘が始まっている。見ればオルレットが槍を振るって暴れていた。
オルレットも部隊を砦に向かわせたように見えたのに、ボルドラスに気を取られている間に、こちらの隙を窺っていたのか!
「くそっ」
もたもたしているうちに、結局、ジュノスもリュージェも身動きが取れぬ状況に陥った。
間に合うか?
ジュノスはオルレットに向かって行きながら、その一点に想いをはせる。
すでに敵が砦に取り付き始めた。ジュノス達は交戦中で身動きが取れない。すぐにでもオルレット達を打ち破ってしまいたいが、そんな簡単な相手でもなかった。
そのまま半刻ほど、ジュノス達が一進一退を繰り返していた中、
ついにジュノス達が待っていた"時"が、やってきたのである。




