【やり直し軍師SS-542】騎士団修行(7)
グランツに一方的に負けた数日後。
ジュノスたちはゼッタ平原の片隅にある、砦の中にいた。
正確には廃砦であり、同時に舞台装置である。つまり演習のために存在する砦なのだ。
第二、第三騎士団の演習や訓練と比較して、一番大きな違いがあったのがここだ。
第四騎士団はともかく砦の攻城戦と防衛戦に関する訓練が際立って多い。また、それに伴う砦の修繕訓練などにも大きな時間を割いていた。
『うちはゼッタ平原を始め、砦の攻防が多い騎士団でしたので、その名残ですな』
と説明するボルドラス。確かにゼッタ平原周辺には、旧ゴルベルのものも含め、大小数多くの砦が存在している。最も必要な訓練に時間を割くのは必然。例えば、第二騎士団の演習などは、ほとんどが騎乗訓練である。
この廃砦の他にも似たような施設はあるらしく、同じく、棄却された砦が転用されている。壊したあとは修繕の訓練に使用するので、塁壁はつぎはぎで、壁の部材の色もまだら模様になっていた。
今日は、かねてから頼んでいた第四騎士団対、ウラル隊の対決である。とはいえ兵士は第四騎士団から借りる。あくまで指揮権だけ預かる形。
ジュノスたちは砦の守備を担当し、迫り来る敵兵を跳ね返す部隊を率いるのだ。
ウラル、ジュノス、リュージェに加えて、第四騎士団から部隊を率いる部隊長が軍議に参加。対する部隊を指揮するのは、ボルドラスとグランツ。相手にとって不足はない。
「先に言っておくが、俺は頼りにするなよ」
早々に宣言して、軍議のテーブルから離れたのはゼファーだ。こいつは元々お目付け役で同行しているだけなので仕方がない。ここまでも、必要のない時は気配を消して静かにしていた。
ウラルとしても当然だったのだろう。ゼファーに軽く頷くと、改めてジュノスたちを見渡す。
「さてでは、どのように防衛するか……」
そう口にした直後、部屋の外から「ちょ! ちょっと!! ダメですって!」という兵士の声がして、ウラルも言葉を止めた。
徐々に近づいてくる声、室内の全員が扉の方へと視線を移す中で、扉が威勢よく開く。
「おーう!」
「やってるか!」
さも当然のように入室してきたのは、第10騎士団の双子騎士、ユイゼストとメイゼスト。
「お前ら、なんでここに……」
そんな声が上がったのは第四騎士団の方からだった。思えば双子は元第四騎士団所属か。ここにいるものたちは皆顔見知りなのだ。
「なんでって?」
「そりゃ、楽し……助っ人に決まっている」
「助っ人ってなあ、演習に助っ人も何もないだろ?」
「バカを言うな」
「ルデクの王子の危機だからな」
噂通りというか、噂を遥かに超えた自由さ。双子の言葉に呆れる同胞。
「宰相様にはちゃんと許可取ってきているのか? それとボルドラス様は知っているのか?」
「当然だ。ボルドラスとはさっき会った」
「邪魔しない様にと言われた」
……それは許可をとったというのだろうか?
ジュノスの疑問をよそに、今のやり取りで第四騎士団の面々は納得したようだ。納得というか、これ以上の問答を諦めたような表情にも見えなくもないが。
「というわけでウラル王子」
「手伝ってやるから任せておけ」
「あ、おお。……よろしく頼む」
流石のウラルも目を白黒させて、一度咳払いをしてから再び軍議の再開を宣言。砦の図面を広げながら、
「それでは、それぞれの配置について話し合おうと思う」
と言った直後、
「おい、ちょっと待て」
「一番大事なことが決まっていない」
「一番大事なこととはなんだ?」
ウラルが首を傾げれば、
「この戦いの勝ち筋はなんだ?」
「まずはそれを示せ」
「勝ち筋? 砦を守ることであろう?」
「砦を守るとはどういう意味だ?」
「すべての敵を蹴散らすのか」
「敵指揮官だけを狙うのか」
「砦に援軍が来るのか?」
「王子が砦から逃げる時間を稼ぐのか?」
矢継ぎ早に質問する双子。
「いや、私たちは砦を守るのが今回の役割で……」
「実際の戦場でも」
「そんな生ぬるいことを言うのか?」
ウラルもジュノスも息を呑んだ。
「砦に籠城すると言うことは、すでに負け戦に近い」
「なら、どんな手を使ってでも、敵を撤退させれば私たちの勝ちだな。偽報でも流すか?」
「いや、それでは演習の意味が……」
ウラルの反論に双子は不思議そうに首を傾げる。
「「お前たちは「いくさごっこ」がしたいのか?」」
反論の言葉もない。
そうだ。ジュノスもどこかで履き違えていた。
ボルドラスとグランツの攻撃を、砦で暴れて凌げさせすれば、良い戦いをした、良い経験をしたと思えると。
違う。そうではない。
実践経験が不足している自分たちが、実戦さながらの心待ちでやらずに、なんの経験が得られると言うのか。
ジュノスはウラルと目配せすると、互いに表情を引き締めたのだった。
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砦より少し離れた陣幕で、ボルドラスとグランツは向かい合って座っていた。
「さて、そろそろ砦にユイメイが到着した頃ですかな」
「……しかし、双子とは……。他に適任がいたように思えるのだが、ロアも何を考えたのか……」
双子はロアに頼まれてやってきたと言っていた。
『この二人がいれば、より実戦っぽくなると思うので』
と言う手紙を添えて。
「何、ユイメイはあれでなかなか、本質をつくのがうまい。今頃、若い将たちは気持ちを引き締めている頃でしょうな」
「うむ。では我々もそろそろ準備を始めましょうか」
そんな会話をして、二人は立ち上がったのである。




