【やり直し軍師SS-541】騎士団修行(6)
「準備は良いか?」
グランツが2度首を回しながら、ジュノスの方へと近づいてくる。その手にはグランツの『レイズの盾』の異名を体現するような、やや大ぶりの盾。
盾の表面は丁寧に磨かれてはいるが、それでも無数の傷が目につく。どれほどの戦場を主人とともに駆け抜けたのだろうか。
もう一方の手には、槍にしては短い木の棒、いや棍棒か? 少なくとも木剣でもない。
「……問題ないが、その武器は?」
「ん? ああ。これか。これは手斧の代わりだ」
「手斧……」
「うむ。もともと私はこの盾を持つ都合で、槍ではなく剣を使っていた。盾で槍が取り回しづらいのでな。手斧を主な武器にしたのは最近だが、これがなかなか都合が良い。お前は槍だな。見たところ愛槍は特注品であろう? そちらを使っても問題ないぞ」
「いや、グランツ将軍同様に、模擬戦用の武器で構わない」
「そうか。ならば無駄話はここまで。早々に始めようではないか」
グランツの言葉に観客が盛り上がる。闘技場にはすでに多くの作業員が詰めかけていた。ボルドラスが観客が集まるまで時間を稼いだのである。
ちなみにその間は、ウラルやリュージェが模擬戦を行って場を温めていた。どちらも腕は確か。ウラルの恵まれた体躯から繰り出す技には迫力があるし、リュージェの両手剣には華があった。
いや、今は余計なことを考えている場合じゃないな。目の前の敵に集中しなければ。何せ相手はあのグランツ=サーヴェイ。気を抜けば瞬殺される。
ジュノスは胸の前で槍を一回転させると、体を低く沈ませて構える。
しかし……攻め手がないな。
大きな盾をかざしながらじわじわと近づいてくるグランツ。中途半端な攻撃は、盾に弾かれてこちらの大きな隙となる。
かといって、あの盾をなんとかしなければ攻略の糸口は掴めない。
なるほど。ここまで盾をありきで戦略を組めば、柄の長い槍は確かに邪魔だろう。
しかし、このような闘い方、それこそグランツやザックハートのような、膂力に自信のある人物でないと到底できない戦い方だな。
普通はあの分厚い盾をかざし続けるだけでも一苦労だ。
そう。分厚く重たい鋼の盾。だからこそ闘いようもある。
グランツがジリジリと近づいてくるのは、慎重さの現れであると同時に、やはりその重量が影響を与えているのだろう。
ならばやることは一つ。
速度で翻弄し、その自慢の盾を振り回させて好機を伺う。
ジュノスは低い体制のまま、足を動かし始めた。グランツを中心に円を描くように回る。
「うむ。やはりそうきたか」
こちらの動きを確認して、グランツは手慣れたように、ジュノスの正面を捉えようと動きを合わせてゆく。
ここだ。
しばらく動き回り、ほんのわずかにグランツが遅れたところを見計らって、一閃。
盾が間に合わないはずの速度で繰り出した突きだったが、驚くべきことに、グランツはやや強引に盾を引き寄せて防いで見せた。
「……これでも防ぐのかよ」
「……いや、正直危うかった。ザックハート殿が後れをとったというのも頷ける。一撃だけなら或いはベクシュタットよりも早いか?」
「第五騎士団長と比較してもらえるのは光栄だな」
「あくまで突きの速度は、だがな」
余裕を見せるグランツ。
「すぐに他も同等と言わせてみせるさ」
再び撹乱をしようとしたジュノスへ、
「いや、まだまだだな」
と言い放ったグランツは、突然その手に握っていた棍棒を投げつける。
突然の、そしてものすごい速度でこちらへ迫る棍棒に、ジュノスがわずかに気を取られた直後、
「ぐわっ!!」
突然強烈な衝撃を身体に受けて吹き飛ばされる。
それがグランツの盾による体当たりであることに気づいたのは、すでに闘技場の壁に強かに体を打ち付けられた後だ。
「……手斧は投擲武器として非常に優秀だと思わんか?」
そんな声を最後に、ジュノスの意識は刈り取られた。
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目を覚ますと、どこかの天井があった。
「あ、気がついた。大丈夫?」
覗き込むリュージェと目が合う。
「ここは?」
「闘技場に併設された治療室。よかったわね。ジュノスが初めての使用者らしいわ」
「……全然自慢できねえな」
ジュノスが体を起こせば、ウラルも部屋でこちらの様子を見ていた。
「動いて大丈夫か?」
「ああ。つっても、右肩がめちゃくちゃ痛いがな」
「それはそうだ。グランツの体当たりをもろに喰らっていたからな。一瞬死んだかと思ったぞ」
「私もそう思った」
ウラルやリュージェがそう口にするほどだ。相当な一撃だったのだろう。正直、わけが分からないうちに倒された。
「……俺もまだまだだな」
背中の痛みよりも、たった一度しか攻撃できずにやられた悔しさが先にたつ。
「いや、そう嘆く必要もなかろう」
外から話を聞いていたのか、グランツが扉を開けながら、そう言葉を投げかけてきた。
「グランツ将軍……。負けた……いや、負けました。ありがとうございました」
「うむ。ちゃんと敬語を使おうとするのは良し。私も少しやりすぎてしまったが、本当に大丈夫か?」
「痛みはありますが、折れてはいないと思います」
「ならば良かった。やりすぎてはザックハート殿に怒られるからな」
「グランツ将軍はザックハート……ザックハート将軍よりも強かったように感じました」
「それは些か買いかぶりだな。ルデク最強はザックハート殿よ。が、ジュノスは幼い頃からザックハート殿に鍛えられている。裏を返せば、ザックハート殿の闘い方を、他の誰より知っているということだ。対して私の戦いは、おそらく初めて見たのではないかな? その差は非常に大きい」
「……そう、ですね」
グランツに指摘されて恥ずかしくなった。相手のこともよく調べずに、闇雲に戦いを挑んで勝てるわけがない。
己の不明に顔を伏せると、グランツと一緒に入ってきたボルドラスが、
「その様子だと、ジュノスは今ひとつの学びを得たな。ならば、この敗戦も無駄ではなかったということであろう」
と、こちらの心を読んだようなことを言う。
そうだ。この敗戦は大きな学びだ。
そもそもジュノスたちは、遠征で何もできなかった自分たちを成長させるために、こうして他の騎士団の教えを乞いにきたのだから、恥いる様な話ではない。
ジュノスが2人に向かって黙って頭を下げると、グランツとボルドラスは揃ってうんうんと頷いたのであった。




