【やり直し軍師SS-54】お姉様と婚約者(下)
膝から崩れ落ちたお父様を心配しながら、ロア様は一つ一つ事情を説明してゆく。
「……つ、つまり、最初は当家が陥れられようとしたから、そのための対抗策であったと。……そして、その頃においても、お互いに少なからず想い合っていたと……」
どうにか気を持ち直したお父様が、状況を理解しようと、力無く言葉をこぼす。
「はい。僕もラピリアも、まずはレイズ様の意志を継いで、平和を掴むことを優先したいと思っていました。なのでこう言った話は全てが終わった後に、と」
「そうか……」
「どうか、ラピリアとの婚儀についてお許しをいただきたく思います」
ロア様がお父様に頭を下げる。
お父様は小さく首を振った。
「今更私が反対することなどない。それに、妻や父の様子からすれば、既に外堀は埋まっているのだろう」
そんなお父様の声を、お母様が否定する。
「あら、そんなことはないわ。私もお祖父様も納得ずくですけれど、ゾディアック家の現当主は貴方です。あなたの意思を蔑ろにするつもりはありません」
微笑むお母様と対照的に渋い顔のお父様。
「先ほども言ったように、私が反対する理由はない。相手がロア=シュタイン殿であれば、これ以上ない縁談であろう。ゾディアック家の当主として、認めよう」
「ありがとうございます」
ロア様がもう一度深く頭を下げて、これで正式にやり取りは終了。
「さあ、本日はお祝いね。ウィックハルト様、街で待ってらっしゃる他の側近の方も呼んで来てくださる? お食事の量は十分に用意しているの」
「承りました。では」
お母様の依頼を受けて、さっと立ち去るウィックハルト様。
「さて、じゃあ、私は色々と準備があるので席を外しますわね。しばらく談笑していてくださいますか?」
お母様の言葉を聞いた私は、今だ、と元気に手を上げた。
「あの、私、ハクシャの戦いのことが聞きたいです!」
私の言葉にお祖父様は「ハクシャ? フェマスではなく?」と小首を傾げつつも賛同してくれ、お父様は「好きにしなさい」との返事。
「……食事前にするような内容じゃないかもしれないわよ?」
そんな風に返すお姉様に
「大丈夫です! 是非とも聞きたいです!」
と食いさがり、お姉様も折れてくれた。
やった。私は心の中で密かに小躍りする。
実は私は今、密かにロア様を主人公とした物語を書き始めていたのだ。特に誰かに見せるようなものではない拙いもので、あくまで私が楽しむための物語を。
執事さん達やお祖父様を中心に情報収集をして、ロア様が最初に活躍されたのがハクシャの戦いだと聞いた。
けれど、ホッケハルンの砦の攻防戦や、ゼッタ平原の戦いに比べて、ハクシャの戦いについて知っている人はあまりいなかった。なので、どんな出来事なのかとても気になっていたのだ。
「ハクシャかぁ……それなら、ウィックハルトが戻ってきてから、一言断りを入れた方が良いねぇ」
ロア様がのんびりとそのように口にする。ウィックハルト様が何か大いに関係しているのだろうか?
「……それもそうね。じゃあ、ウィックハルトたちが戻ってきてからにしましょう」
ウィックハルト様や、ユイゼスト、メイゼスト様、サザビー様とネルフィア様がやってきて、ロア様がハクシャのことを伝えると、「それなら私が話しましょうか」とウィックハルト様の返事。
こうしてウィックハルト様から語られた話は、なるほど確かに、ウィックハルト様に許可をとった方が良い内容であったし、ウィックハルト様の気持ちを考えると、心が苦しくなるようなお話だった。
「……そのようなことがあり、私はロア殿に弓を捧げることとなったのです」
ウィックハルト様の話を聞き終わる頃には、最初は興味のなさそうだったお父様すら身を乗り出すほどに、私たちは夢中になって聞いていた。
話し終えてお茶を一口含んだウィックハルト様が、ふと、視線をロア様とお姉様に移す。
「……そういえばルファに聞いたのですが、ハクシャの時に初めてお互いを意識されたとか?」
「なっ!?」
「どうしてその話を!?」
揃って赤くなる2人。
「いや、実はルファが双方から別々にそんな話を聞いたと。その上で、ハクシャの時にお互い意識したのではないかと推測したようですね。今までは伏せておきましたが、正式に婚約となられたので、もう明かしても良いかと思いまして……」
しれっとそのように言うウィックハルト様だったけれど、目がいたずらが成功した時のそれだ。
ウィックハルト様のイタズラはともかく、
「そのお話、もっと詳しく!」
食いつく私に「ちょ! レアリー!?」と慌てるお姉様が可愛らしかった。
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翌朝早くに頑張って起床した私は、天気が良いことを確認すると、筆記用具を抱えてお庭に出る。
私は天気が良い時の執筆は、お庭のテーブルと決めている。
まだ庭師さんもいないような時間に、「よし」と気合を込めてペンをとった。
それからしばらくして、集中していた私の後ろから、「大したものですね」という声が聞こえて、私は飛び上がるほど驚いた。
振り向けばそこにはウィックハルト様の姿が。ウィックハルト様は少し申し訳なさそうにしながら、朝の挨拶を投げ掛けてくる。
「実はレアリーさんが一人で庭に行くのを見かけまして。時間も時間なので一応安全を確認しにきたのですが……それは、ロア殿の物語ですね?」
私は慌てて用紙を隠すも、後の祭り。
「お恥ずかしい物を……」
赤面する私に、ウィックハルト様は「とんでもない」と手を振る。
「何度か声をかけたのですが、お気づきにならなかったので、申し訳ないと思いながらも覗かせていただきました。なかなかに素晴らしい物語だと思います」
「こんなの、人に読ませるような物では……」
「いえ、私から見ても才能があるように思いますよ? もしかして、ずっとロア殿の物語を?」
「……最近はずっと……」
「……なるほど、もしよければ、書いたもの私にも見せていただけませんか。興味があります」
「ええ!? それはちょっと……」
流石に恥ずかしい。それは無理だ。
私の明確な拒否を聞いたウィックハルト様は、少し考えてから、私に言った。
「では、こうしませんか? 自分で言うのもなんですが、私はロア殿の活躍を誰よりも近くで見てきた者の一人です。私は情報を提供します。また、必要とあれば、レアリーさんが話を聞きたい相手に、顔を繋ぎましょう。代わりに、書いたものは見せていただく。いかがですか?」
……それは、間違いなく願ってもないことだ。けれど……
「どうしてそこまで?」
「単純に読んでみたいと思ったのです。ロア殿の物語を」
「そう……なのですか?」
「ええ」
こうして私とウィックハルト様は、ロア様の物語を協力して書き進めることを約束。
物語は何度も書き直したり書き加えたりしながら、完成までに結局10年近い歳月をかけることになるとは、この時の私は思ってもみなかったのである。




