【やり直し軍師SS-538】騎士団修行(3)
ジュノスの狩った鹿を主菜にして、その日の晩餐は始まった。
話題の中心はジュノスの父、ショルツとザックハートの一騎打ち。
「ショルツ殿の突きは疾風のようであったが、それよりも私の目を引いたのは、ザックハート殿の攻撃を巧みに躱す騎乗技術だった」
遠目に見ただけといいながら、ボルドラスの話す内容は臨場感に溢れ、つい、話に引き込まれる。ウラルやリュージェも鹿肉を食べる手を止めているので、ボルドラスの話術が巧みなのだろう。
父とザックハートの戦いは、ザックハートからも何度か聞いていた。が、ボルドラスの口から語られたそれは、また新しい一面を見たようで新鮮だった。
「後にも先にも、ザックハート殿があのような大怪我をされたのは記憶にない。貴殿のお父上はそれほどの実力者であったのだ、ジュノス」
「……」
なんと答えて良いのか。父を褒められた礼を口にするべきか。いや、だが、それも少し違う気がする。
ボルドラスも特にジュノスの言葉を求めてのことではなかったらしい。すぐに言葉を続ける。
「聞けばジュノスは、ザックハート様に一太刀浴びせたとか」
「その噂、第四騎士団にまで届いているのか?」
ウラルの言葉に、「左様でございますな」と頷くボルドラス。
「この辺り、というか、ほぼ全騎士団で話題になったのではないですかな。何せ、ザックハート殿が一般兵との鍛錬で膝をつくなど、あの御仁を知るものからすれば信じがたい話ですから。現に第四騎士団でも、ジュノスとひと勝負したいと楽しみにしていた者も少なくありません」
「……だそうだ。これは、どの騎士団に行っても似たようなことを言われそうだぞ」
「だが、所詮訓練で、それもたった一撃だぞ?」
あれで「勝った」と持て囃されるのは、時間が経つほどに納得がいかない気持ちになってきている。
不満をこぼしたジュノスに対し、
「いや、そういう考えは良くない」
と言ったのはボルドラス。
「無論、過信はダメだが、己がザックハート殿に届くほどの腕を磨いたことは、自分自身できちんと認めてやらねばならん。ほれ、今回の騎士団に修行を願い出たのも同じであろう? 己が今できること、できないことがわかったからこそ、足りぬものを得ようと動いているのだ」
「だが、俺はまだ納得がいっていない」
「うむ。その心意気やよし。ちゃんと己の実力を見つめ、その上で進むべき道を邁進せよ。もしもその道が間違っていたら、それを諌める友も、師もお主にはおるのだからな」
言いながらウラルへ視線を移すボルドラス。諌め役に指名されたウラルは苦笑しながら、
「流石はあの双子を御していたボルドラスだな。……宰相殿がいっていたぞ。『ルデクの隠れた傑物だ』と」
「とんでもない話です。私などロア殿の足元にも及ばぬ存在ゆえ」
「謙遜するな。ゼッタ平原、大遠征、フェマスの大戦と、そのいずれにおいてもボルドラスの柔軟な決断がなくては成し得なかった。宰相殿からはそのように何度も聞いている」
「それを言うならば、いずれもロア殿の功績。私はロア殿の才を信じて、それに賭けただけのこと。ちょうど今話に出たゼッタの戦いなどでは、ロア殿の智謀はそれはそれは凄まじいものでしたぞ」
「ゼッタについてはもちろん概要を知っているが、ボルドラスから聞くのは初めてだな。是非とも伺いたい」
「左様ですか? それでは、ロア殿が天を読んだ話からいたしましょうか……」
こうしてひとしきり盛り上がり、料理も少なくなった頃、ボルドラスがしみじみと話題を変えた。
「……しかし、殿下やジュノス、リュージェのような若い才能と一戦交えることができるのは、引退前の良い思い出になりそうです」
「何!? 引退するつもりであるのか!?」
驚くウラルにボルドラスは穏やかな表情を向ける。
「……といっても、すぐの話ではございません。一応、あと3年ほどを目処に。すでに国王陛下やロア殿には話をしております」
「まだ引退するような年ではないだろう?」
「いやぁ。今までも陛下を無視して好き勝手やっておりますからな、これ以上何か問題を起こす前に身を引くべきでしょうな。それに、後任も定まっておりますゆえ」
「後任? ……グランツか」
ウラルの指摘に大きく頷いたボルドラス。
「左様です。私より年下で功績は申し分ない。これ以上ない人選でしょうな。それに私は、一度くらいグランツ殿に騎士団を率いてもらいたいのですよ」
「何か事情があるのか?」
「いえ、大した話ではございません。グランツ殿は元々、第五騎士団の騎士団長候補として将来を嘱望されていた御仁。レイズ殿の腹心中の腹心であったことは説明するまでもありません。そのようなかたの名が、後世の歴史の中に埋もれてしまうのはあまりにも勿体無い」
「今までの功績だけでも、十分に名を残すのではないか?」
「かもしれません。しかし、騎士団長というのはやはり特別なもの。残される情報量も違いましょう。ならばやはり、グランツ殿には我が跡を継いでいただきたい」
「……なんとも深い考えだな」
「いえ。本心はただ私が楽をしたいだけにて。あ、今の話はグランツ殿には内緒ですぞ」
いたずらっ子のように指を口に当てたボルドラスは、ここを潮と考えたか、晩餐の終了を宣言した。
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用意された部屋へと戻る道中、
「ボルドラス様の引退……すごい話を聞いたわね」
ため息を吐くリュージェに対して、
「だが……」
と小さく呟いたウラル。
それからウラルは独り言のように、
「あの宰相殿が、ボルドラスのような人材を簡単に引退させるとは思えんのだがな……」
と呟いたのが、いつまでもジュノスの耳に残った。




