【やり直し軍師SS-537】騎士団修行(2)
「お、あれがキツァルの砦だな」ウラルが馬上から指差しながら、そう口にする。
条件付きで王から許可を得たジュノス達は、一路ゼッタ平原に向けて進んでいた。
「……あれがゼッタの大戦の激戦地か」
窮地に陥っていたルデクの反転攻勢は、ここから始まったと言っても過言ではない、有名な戦いの場所だ。
「あら、ジュノスはキツァルの砦初めて? ちなみにでん……ウラルは?」
リュージェがウラルの名前を言い直したのは今回の約束事のひとつ。道中での殿下呼びはあまり好ましいものではないため、呼び捨てで呼ぶようにと本人から言われていた。
「私は初めてだ」
「俺もだ。リュージェは来たことあるのか」
「いいえ。私も初めて」
「なんだそりゃ。さも知ってる風に言いやがって」
「ふっふっふ」
こいつ、意外といたずら好きなのである。
「それにしても、もう、こんなところまで街道整備が進んでいるのだな」
リュージェにあきれていると、ウラルが話題を変えた。改めて言われれば確かに。王都からの道中、非常に快適にここまでやってくることができた。
伝馬箱というルデク独自の建物も多数設置されており、治安の悪さを感じるような場所は皆無だ。
北ルデクにおいても街道整備や伝馬箱の設置は進められているが、流石に本家の進捗状況は著しい。
「あ、見て! 鹿!」
リュージェの言葉に反応してみれば、街道の少し離れた場所で、鹿が水を飲んでいるのが小さく見える。
「……狩るか?」
ジュノスが弓を手にすると、それに待ったをかける人物が。
「おい、よそ見して馬から落ちるなよ。もうすぐ砦なのに鹿なんか狩ってどうする」
呆れ声の主はゼファー。第八騎士団に所属する歴戦の諜報員である。今回、各地を巡る上で出された条件こそ、このゼファーの同行。
正確には『熟練者の目付け役をつけよ』との命令があった。
王の言い分は尤もだ、国内事情は安定しているとはいえ、王子が少数でふらふらで歩くのは好ましいことではない。かといって、息子のわがままに兵士をつけるのは考えもの。
そんな中で妥協点として見出したのが、お目付け役をつけること。
そうして第八騎士団側から推挙されたのがゼファーである。確かにゼファーなら実力は申し分なく、ウラルとも知らぬ仲ではないので適任に思えた。
最も本人は不承不承と言った感じではあったが。
「そりゃ、手土産にするんだ。ちょうどいいだろ?」
「……ジュノス、お前なぁ……。いや、まあいいか。一矢で仕留められるならやってみろ。失敗したら、次の移動の時の飯、3食分お前持ちな」
「マジかよ。じゃあ、俺が仕留めたらゼファーが奢ってくれんだな」
「それ、私も乗った!」
「どっちに乗るんだ、リュージェ」
「うーん……じゃあ、ジュノスの失敗に」
なんてやつだ。反論しようか考えていると、ウラルも加わってきた。
「なら俺はジュノスが仕留める方に賭けよう。頼むぞ」
「……どいつもこいつも、勝手なこと言いやがって……」
ジュノスは大袈裟にため息をつきながら、ゆっくりと弓に矢をつがえたのである。
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「おお、ウラル殿下。お待ちしておりましたぞ! ……その鹿は一体?」
キツァルの砦ではボルドラス騎士団長自ら出迎えてくれた。そのボルドラスがジュノスが抱える鹿を見て首を傾げる。
「ボルドラス、此度は迷惑をかける。……その鹿は土産だ。皆で食べようと思ってな」
「……左様ですか。では遠慮なくいただきましょう。血抜きは?」
「もちろん済んでいる」
「ならば重畳。おい、誰か鹿の解体できるものを何人か連れてこい!」
ボルドラスの指示で、すぐに数名の兵士が近寄ってきて、ジュノスから鹿を受け取ると、早々に持ち去ってゆく。それを見送ったジュノスは、ボルドラスがこちらを見ているのに気づいた。
「……貴殿がジュノスか」
「ああ」
「そうか……あのショルツの息子か……」
「父を知っているのか?」
「ザックハート殿との一騎打ち、少しだが拝見した。あれほどの実力者がリフレアにいたのかと随分と驚いたものだ。さ、まずは移動の疲れを癒すのが宜かろう。夜は鹿肉だ。さしたる話もできはしないが、その時にでも、貴殿の父の話をしてやろう」
そんなボルドラスに誘われ、ジュノス達はキツァルの城門を潜ったのである。




