【やり直し軍師SS-534】文官試験(上)
両親を相次いで亡くした僕は、親戚を頼って王都へやってきていた。
高齢の叔父さんたちが王都で小さな雑貨店を営んでおり、手伝いが欲しいと声をかけてくれたのである。
故郷に残ってもやるべきこともなかった僕は、少し迷ったけれど、その誘いを受けることにしたのだ。
僕にあてがわれたのは裏方の帳簿仕事。叔母さんが細かい文字を読むのが辛くなったと言うことで、簡単な計算ができた僕には適任であった。
『本当は後継がいたんだけどねぇ』
僕に帳簿の書き方を教えながら、何度もそんなことを口にした叔母さん。
叔母さんたちには一人息子がいる。でも、これが絵に描いたような放蕩息子で、王都を突然出ていったまま音沙汰ひとつないのだと。
当の従兄と僕はほぼ面識もなく、僕はその度曖昧な返事をするにとどめていた。
半年くらいかけて、帳簿の書き方などを学んだ僕は、叔母さんから『そろそろ完全に任せても安心ねぇ』なんて言われ始める。
叔父さんからも『仕入れの方もやってみるか』と、やんわりではあるけれど、何となく僕に店を継がせるような雰囲気が出てきた頃。
叔父さんたちの息子が突然帰ってきた。
「今更何しに!」
叔父さんは怒ったけれど、従兄の後ろに立つ、幼子を抱いた奥さんに気づくと、さすがにそれ以上文句を言えなくなる。
従兄は随分と好き勝手生きてきたらしい。でも子供ができたことで、真っ当に生きようと心を改め、こうして実家を頼ってきたのだ。
「俺、この店を守るよ」
そんな言葉で叔父さんたちを泣かせ、それはそれで、めでたしめでたし。
けれどここで問題となるのが、僕の存在である。
家族で経営して食べてゆくのがやっとという、小さな商店だ。一気に家族が三人も増えては、僕を雇い続けるのは大きな負担。
とは言え僕の方も故郷の実家はすっかり引き払ってしまったから、今更帰る家もない。
「……すまない。何とか、知り合いの商家に紹介できないか探してみるから」
申し訳なさそうな叔父さん。恐縮する僕。
僕としても早めに別の仕事を探そうと、王都の張り紙を積極的に見て回っていた。そんな中で僕の目に止まったのが、
―――王都文官 一斉試験のお知らせ―――
である。
どういう内容かと立ちすくんでいると、たまたま通りかかった衛兵さんが説明してくれた。
「なんだ? 文官試験を受けたいのか」
「えっと、これは誰でも受けられるんですか?」
「あー……そうだな、読み書きと計算くらいは最低限求められるが。その辺は?」
「親戚の雑貨屋で、帳簿を任されています」
「ああ、なら多分問題ない。尤も試験に受かるかは別だがな。ちなみに試験は7日後で、受けたければ今のうちに申請が必要だぞ。城門の横、陳情用の窓口で受け付けているから、そこに行くといい」
「ありがとございます。あの、もう1つだけ聞いても?」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「その、文官って、寮なんかも……あったり?」
「あるぞ」
迷っている時間はなかった。僕は衛兵さんにお礼を伝え、急ぎ城門へと足を運んだのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ここが試験会場……」
思った以上に人、人、人。僕はすっかり呑まれてしまう。
キョロキョロしている僕のそばで、誰かが話している内容が耳に届く。
「うわっ。多いな」
「200人以上いるんじゃない?」
「合格は何人予定なんだ?」
「噂だと、人数じゃなくて得点で決めるらしいよ。だからもしかしたら1人も受からないかも」
「うへえ。ちなみに去年は?」
「確か……18人だったかな?」
「げえ。200人以上いて18人かよ……」
「だから、人数で決まってるんじゃないってば、デリク」
「だけど、そんなに大きく変わんねえだろ? まいったなぁ。すっかり受かる気で来ちまった」
「でもさ、デリクは計算が得意だから平気じゃない?」
「そうかぁ? ま、そうだな。俺なら受かるか。お前も落ちんじゃねえぞ、ヨルド」
……どうやらとんでもなく狭き門らしい。僕の知識で受かるかどうか、急に不安になってきた。もしも落ちたらどうしよう。
不安が膨らんでゆく中、試験官がやってきた。
「これより試験用紙を配る! 皆、近くの席に座れ! わかっていると思うが、不正した者はその場で退場。悪質な場合は投獄まであるから覚悟せよ!」
そんな強い言葉に、ざわついていた会場は一斉に鎮まり、皆慌てて目についた席へと座る。
「よしでは、これより試験を始める!」
僕の人生を賭けた試験は、こうして始まったのである。