【やり直し軍師SS-532】怠惰な男(上)
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レイズは自分の事を、怠惰な人間であると認識している。
正確には、怠惰であることしか選択できない人間、であろうか。
そもそもレイズはどこか地方の騎士団の裏方仕事を望んで、騎士団の試験を受けたのだ。
しかしそこで大きな誤算が生じる。筆記の試験において、レイズただ1人が、満点を叩き出してしまったのである。
レイズにとってはさして難しい設問ではなかったので、正直、多くの人間が自分と同程度の成績であろうとたかを括っていたのだが。
結果的にレイズは、第一騎士団の新兵として採用されることになる。
これが大きな問題であった。
レイズとしては、地方の騎士団で経験を積み、いずれは祖国の役に立てるような立場につきたいと考えていた。だが第一騎士団の場合、新兵からの昇進というのはまずない。
第一騎士団で然るべき立場に立つには、何らかの強力な縁故があるか、他の騎士団で勲功を積み、外から招かれるかのみ。
新兵はあくまで、実働隊としての役割のみを求められていた。
レイズは己に能力があることは分かっている。しかしこの状況下において、後ろ盾のないレイズにできることは何もない。ただ漫然と業務をこなして行くだけ。
才能を活かす場を、得る機会すらなく。
まあこれは、レイズならではの悩みである。普通はそうは考えない。
本来、第一騎士団への入団はルデクにおいて最高の栄誉といえる。新兵であっても、ほかの騎士団とは給金から違うのだ。
庶民はもちろん小さな貴族でさえも、一般兵の採用すら一族挙げて祝うような話だ。
本来であれば喜びこそすれ、不満を漏らすなどお門違いも良いところ。
そして結局、レイズは今の今まで、その立場に甘んじている。
故にレイズは認識していた。自分は怠惰な人間であると。
「しかしお前、いつも退屈そうだな」
とある日の昼食時間、レイズを見ながら、同期がそう口にした。
「そうか? そんなことはないが?」
「いやそうだろうが。ほとんど飲みに行かねえし、色恋の話も聞かねえ。何かに散財しているところも見たことないし。何が楽しくて生きてるんだ?」
「お前の興味が酒と女と散財にあるだけだ。個人の価値観などで他人を測るものではない。それに、金なら貸さんぞ。まずは前に貸した分を返せ」
「げ。何で分かった?」
「口調の割に落ち着きのない視線。普段のお前の行いを考えれば、推測するほどの話でもない」
「や、そこを何とか、な? もうすぐ給金が入るから、な?」
両手を合わせ頼み込む同期に、レイズは小さくため息を吐く。
「そもそも一体何に使うのだ? 今、お前自身が言った通り、あと数日で支給日だろう? 酒や女なら、少しくらい我慢しろ」
「いや、それがな。ちょっと博打で負けてな……」
「ならばもはや酌量の余地もないな」
すげなく言うレイズの裾を、すがるようにつかむ同期。
「違うんだよ。俺は騙されたんだ」
「騙された?」
「ああ。最初は酒場での遊びで、金額も酒一杯程度のものだったんだ。それで俺は何度か勝って、気分よくなったところで、大金を賭けることになって……」
「話が全く読めん。順序立てて話せ。そもそも、何で賭けをしたのだ? カードか?」
「いや、盤上遊戯だ」
「盤上遊戯? 酒の席で?」
おおよそ酔っ払いながらやるものではない。
「最初はコマを半分以上減らした、簡易的なものでやってたんだよ。が、最後に、ちゃんと勝負をしようと。負けた方は取られたコマの分、金を払うという取り決めで」
「それで、負けたと?」
「ほとんど何もできずに……」
「つまり相手は最初は実力を隠し、お前が調子に乗ったところで本気を出したと言うわけだな。詐欺の常套手段ではないか」
「うう……」
「しかし、相手はお前が騎士団の人間と知ってそんな真似を?」
「……その、相手も騎士団の人間だからな」
「何? では酒の席のことだと話し合いで済ませればいい」
「そうも行かねえんだよ……何せ相手は、士官様だ」
確かにそれでは反故は難しい。第一騎士団には明確な身分差があるのだから。
それにしても、士官が一般兵相手に金をむしり取ろうとするのもいかがなものかと思うが。
呆れるレイズはふと、策を思いつく。
その士官に恥をかかせば、第一騎士団から放逐されるのではないか?
現状、第一騎士団で燻っているより、その方が余程良い気がする。
「その士官とは、誰のことだ?」
「スランジ副部隊長殿だ」
「ほお」
レイズはことさら優しげに、
「金の件、相談にのってやってもいいぞ」
と、同期に囁きかけた。