【やり直し軍師SS-529】惜しい男(上)
更新再開いたします!
またお楽しみくださいませ!
今回は書籍版発売特別更新ということで、こんなお話を集めてみました!
いよいよ10月7日はSQEXノベル書籍版第四巻&コミック一巻の発売日です!
書籍版はいよいよ大きな転換期! 今回は400ページ超の超大ボリュームでのお届けとなります!
ぜひお買い上げいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
ヒースの砦の塁壁から北西に顔を向けたグランツは、遺跡の頂上を想いながら、いつもの日課の祈りを捧げていた。
ヒース砦から遺跡までは距離があり、肉眼で遺跡を確認することはできない。が、それでも必ず毎日、この行動を欠かしたことはない。
黙とうするグランツの耳に、北から遠雷が届く。もしかすると遺跡のあたりは今ごろ、雨かもしれぬ。
「そういえば、あの時も遠くで雷が鳴っていた」
祈りを終え、一人呟きながら目を開ければ、北の空から黒い雲が近づいて来ているのが確認できた。あの日とよく似ている。
……感傷的になってしまうかもしれないが、たまには、あのお方との思い出に浸るのも良いだろう。
僅かに光った雲を眺めつつ、グランツは静かに、記憶を辿り始めるのだった。
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『惜しい男』
第五騎士団内における、グランツの評価がこれだ。
お世辞にも良い通称とは言えず、面と向かって言われることはあまりない。だが、事実であると自認しているのでグランツも気にしていない。
不名誉な肩書きがついた理由は明確。出世の最大のチャンスを、自らふいにしたのが原因である。
端的にいえば、第一騎士団からの誘いを断った。
ルデク最強の騎士、ザックハート=ローデルほどではないが、グランツは己を国内有数の実力者であると自負している。
個人戦だけではなく、部隊を率いた戦いも相応であるし、人望もそれなりには持っていると思う。故にこそ、第一騎士団より声がかかったのだ。
だが、グランツはそれを望んでいなかった。
確かに第一騎士団はルデク騎士団の中でも別格。騎士団の頂点たる存在である。しかし同時に、“政治の騎士団”などと揶揄されるような側面も持ち合わせていた。
グランツが騎士団に加入したのは、貴族のご機嫌を窺うためではない。この国を守る戦いに身を投じたいと思ったからだ。
だから、謹んでお断りした。
結果的にこの一件によって、グランツは第一騎士団の不興を買ったらしい。
その後の第一騎士団は、グランツに対して露骨な嫌がらせに出たのである。
すなわち、第五騎士団の人事への介入。
少し前までは、次の第五騎士団長の本命はグランツだと目されていた。だが、第一騎士団の横槍により、完全に白紙になったのである。
第一騎士団の圧力により、騎士団内の序列も動いた。
グランツと入れ替わるようにして序列一位に選ばれたのは、年若く寡黙だが、槍の達人として評価されていたベクシュタット。
グランツの面目を潰して、第一騎士団はほくそ笑んだであろうが、グランツにとっては別にどうでも良かった。
ベクシュタットに第一騎士団の息がかかっているわけではなく、元々グランツと騎士団長の座を争うに値する、実力者であることも良く知っている。
グランツがはしごを外された結果、自然と騎士団長候補の筆頭に繰り上がっただけ。ならば多分、そういう巡り合わせであったのだろう。
その程度で煩わしい奴らの溜飲が下がるようならそれで良い。第五騎士団としては、大きな影響はない。グランツはそんな風に考えながら、日々の鍛錬を続けていたのだ。
そうして、その日は訪れた。
グリードル帝国、ルデクに宣戦布告。
帝国との交通の要、ヨーロース回廊の警備も担っていた第五騎士団はざわめきだった。帝国と戦うことになれば、第五騎士団の持ち場が最も激戦となるのは必至。
敵は北の大陸でも最大版図を誇る、戦闘国家グリードル帝国。国力、兵数ともにルデクよりもはるかに格上の相手である。
己の命を賭ける戦いになるかもしれない。
だが、望む所だ。
帝国に対抗するために、慌ただしく防衛準備の進められる中、同胞と同じく、気合を入れて仕事に励んでいたグランツはしかし、第五騎士団長ブルムートに呼び出される。
何事かと出向いてみれば、
「グランツ、お前に王都から呼び出し命令が来ている。至急ルデクトラドへ向かってくれ」
という非情な命令。
「しかしブルムート将軍、帝国の奴らがいつ攻め込んでくるか分からぬ状況なのですぞ?」
「そうだな。確かに今、お前を王都へ送り出すのは手痛い。だが、これを見よ」
大きなため息と共に差し出したのは、王の御名入りの命令書。さすがにこれは断ることができない代物だ。
「まさか、第一騎士団が王を動かしてまで……」
嫌がらせを? と言いかけて言葉を止める。それを口にしても、ブルムートを困らせるだけ。
例の一件で、第一騎士団は何かとブルムートに難癖をつけてきたようだが、騎士団長昇進が白紙になる程度で済んだのは、ブルムートが色々と尽力してくれたからだ。
ただでさえ火急の事態である今、これ以上グランツが個人の事情で迷惑をかけるのは憚られる。
ブルムートもそれはよく分かっているからこそ、苦い顔をしながら、
「とにかく、急ぎ、王都へ向かえ」
とだけ伝えると、退出を促した。
グランツはそれ以上は何も言わず、黙って背を向けるも、退出間際に深く頭を下げる。
もしかすると、このまま前線には戻ってこれぬかもしれん。
そんな思いが胸を通り過ぎてゆく。
退出した足で、親しい同胞やベクシュタットに簡単に挨拶をすれば、皆、何かを察したかのように、深くは聞かず、ただ、
『待っている』
との言葉でグランツを送り出してくれた。
そうしてグランツが第五騎士団を出発したその日、北の方で轟く遠雷を見た。
それはまるで、これからの己の運命であるようだと、漠然と感じるのであった。




