【やり直し軍師SS-53】お姉様と婚約者(中)
「ラピリア、お帰りなさい。それにロア様、ウィックハルト様、お久しぶりです」
「リウラ様。こちらこそご無沙汰してしまいすみません」
私がお姉様にくっついたままロア様とお母様のやりとりを眺めていると、2人の会話にお姉様が口を挟んだ。
「お父様とお祖父様は?」
「御義父様はいつもの通りよ。ベルトンは……ちょっと引きこもっているわね」
お母様がニヤニヤしながらロア様とお姉様を交互に見る。これで意味は伝わったみたいだ。ロア様は少し困ったようにはにかみ、お姉様は呆れてため息をつく。
「全く……いっそお父様ぬきで話してしまおうかしら」
頬を膨らませたお姉様を、ロア様が「まあまあ」と取りなし、そんなロア様を見て、お姉様も「しょうがないわね」と微笑んだ。
「あらあら、帰ってきて早々に見せつけてくれるわねぇ。そういうのはちゃんと話をした後にしてくれると良いのだけど」
「あっ、すみません」
「ふにっ、別に惚気てなんて……」
途端に赤くなる2人が微笑ましい。
「冗談よ。と言っても、話としてはちゃんと聞かないとね。さ、中へどうぞ。レアリー、ビリアン、お父様を呼んできてもらって良いかしら? 理由をつけて出てこなかったら、ラピリアが一生口きかないって言ってたって伝えてね」
「お母様!?」
「そのくらい言わないと、あの人、ちょっとお腹が痛いとかしょうもない理由で部屋から出てこないわよ。さ、2人とも宜しくね」
「うん! 任せて! ビリアン、行こう」
「うん」
私はビリアンの手を繋いで駆け出した。後ろから「転ばないように気をつけてね」というお母様の声が聞こえるが、せっかくのお仕事だ。急いでお父様を連れてこなければ。
早々にやってきたお父様の部屋をノックするも、反応はない。不在のようだ。私はすぐにピンときた。お父様は3部屋ある書庫のどれかにいるのだ。嫌なことがあった時のお父様は、お部屋の隅で物語に没頭することが良くある。
ビリアンと手分けして、3つの部屋を一つ一つ確認してゆく。
一つ目はハズレ。
二つ目。
書物が傷つくことを避けるために、明かりとりのない薄暗い部屋の隅に、お父様が丸まっていた。
「お父様、お姉様たちが来ましたよ。さあ、応接室に行きましょう」
私が部屋に入ってきたのは気づいていたはずなのに、私に声をかけられてビクッと体を震わせるお父様。
それから背を向けたまま、「しょ、少々調べごとがあってな……」などと言う。お母様の言った通りだなと思いながら、お父様のすぐ後ろまでゆくと、お母様から言われたままの言葉を伝える。
「もしお話の場に立ち会わなければ、お姉様、一生口きかないって言っていましたわ」
最近勉強を始めた淑女の言葉遣いを意識しながら口にしてみると、お父様がガバッとこちらを振り向いた。それから何か言おうとして、一度下を向いて、ようやく諦めたように「ああ、後で行くとも」と言う。
「い、ま、です。お父様」
「レアリー……リウラの言葉遣いは真似せんで良い……はあ、分かった。行こう……」
渋々ノロノロと立ち上がり、赤子よりも遅い足取りのお父様を、私とビリアンで押しながら応接室へ。
応接室では既にお祖父様とロア様が談笑している。ウィックハルト様は少し離れて壁際に立っていた。私はそれを見て、今日はあくまで護衛としての同行という意味合いなのだと理解した。
「遅いぞ! 何をしておったのだ!」
お祖父様の叱責を受けながら席につくお父様。
「ご無沙汰しております」
お父様にロア様が挨拶すると、ぎこちなくもどうにか返事をする。
「……では、揃ったところで改めて話を聞こうか」
お祖父様の音頭でロア様が居住まいを正した。見ている私がドキドキする。
「今日は謝罪とご報告で参りました」
ロア様の言葉に、お父様がごくりと喉を鳴らす。
「……実は、以前にお話しさせていたラピリアとの婚約の件、あれは偽装でした」
「なっ!?」
予想外の告白に、驚愕の顔のまま固まるお父様。私もびっくりして手を口に当てたまま動きが止まる。
「事情は後で説明しますが、まずは、謝罪を」
「ど、どどど、どういうことだ!?」
私の視線の先で動じながら立ち上がるお父様。
けれど私はお祖父様とお母様の様子に、あれ? と思う。2人は表情ひとつ変えずに、ロア様を見ていた。まるであらかじめ知っていたみたいに。
「ベルトン様のお気持ちは分かりますが、先に最後までお伝えさせていただきます。前回の話は偽装でしたが、今回改めて、僕はラピリアを生涯の伴侶として迎えたいと思い、ここに来ました」
「ぐふうっ」
ロア様の言葉を聞いた瞬間、お父様が膝から崩れ落ちた。




