【やり直し軍師SS-526】南征(35)
僕の提案は、言葉の上では“一応全員が納得できる”案となっている。
けれど実情を言えば、少なくとも南の大陸の3国にとっては、全員に不満の残る内容だ。
まずロメロとヴィアレは言うに及ばず。スランのブラノアの口車に乗ってみれば、ディアガロス山周辺どころか、自領も削られることになった。面白いはずがない。
そしてモリネラは両国よりも厳しい。確かに領地は増えた。けれどそこから得られる利益は、当面の間、全て僕らへの返済へあてられる。
つまり、僕らが帰った後に、こっそりとロメロとヴィアレに領地を返還するわけにはいかなくなった。
それをしてしまえば、モリネラは莫大な戦費の返還を、何十年にもわたり身銭を切って行い続けなくてはならない。
ブラノアはルデクと帝国の仲違いを狙ったわけだけど、結果的に関わった南の3国の関係が大幅に悪化したのである。
無論、こうなった元凶であるスランに対しても良い感情は生まれない。むしろ恨み言の一つも言いたいところだろう。
というわけで、準備は整ったのだ。
僕は微妙な空気を漂わせる議場を見渡すと、再び口をひらく。
「……当国としては、モリネラ王をはじめ、ロメロやヴィアレの皆様が約束を破るとは考えていません。不義理があれば我々も黙ってはおりませんので、皆様はそのような愚かな行為をされないと信じております」
モリネラ王も使者たちも、苦虫を噛み潰したような顔をした。割と直接的な脅迫なので当然だ。しかも文句も言えずでは、そんな表情にもなるだろう。
「しかしながら……」
僕がそのように続けると、皆、びくりと肩を震わせ、まだ何かあるのかと恐々としている。それらを一瞥して、僕は陛下に視線を移す。
「それだけでは、陛下が納得されておられないご様子」
「ああ、その通りだ、ルデクの宰相よ」
これまで黙って推移を見守っていた陛下が、重々しく発言する。これは事前の打ち合わせ通り。
「……陛下はどのようになされば、ご納得いただけると?」
恐る恐る問うてくるモリネラ王を、陛下はゆっくりと睨みながら、
「証し立てに、各国から人質でも出してもらうか? それぞれ、王の実子を」
「何を!?」
「それはいくらなんでも!?」
慌てるロメロ、ヴィアレの使者。それはそうだ。そんな決断ができるような裁量を預かっているとは思えない。
そこで僕の出番である。
「陛下のお気持ちも分かりますが、少々乱暴に過ぎるかと。ここはひとつ、公平な第三国に立ち合いを頼み、各国が条件を履行するように監視をお願いしてはいかがですか?」
「そのような事に適した国があるのか?」
「そうですね。できれば、こちらの3つの国々より文句が言いにくい国が良いですね。例えば、近隣でも比較的力のある国とか」
誰かが小さく「まさか」と呟くのが聞こえた。
「確かヴィアレ王国のすぐ北に、スランという国があったはずです。このあたりでは一番の有力国であるとか。そちらの国なら適任かと」
「なるほど……。もしも問題が起きれば、スランは北の大陸との交易から締め出すとするか」
スランが全く無関係の第三者であればとんだとばっちりであるけれど、それはもうあり得ないので問題ない。
「そのくらいの覚悟を持って調停いただけるのなら助かりますね。どうですか? モリネラ王」
「は、いや、その……」
断れば人質コース確定。選択肢などないに等しい。
「では、ロメロ、ヴィアレ両国のご使者殿はいかがですか?」
「……よき……お考えかと」
「当方もそのように……」
両国が了承したのを見てモリネラ王が目を剥く。
こんなにあっさりスランを売るのかと思ったのだろうけれど、両国は一方的に領土を削られた上、人質を取られるのではたまったものではない。決断も早い。
そして両国の反応を見たモリネラ王も、慌てて僕の提案に賛意を示した。
「皆さんの理解が得られてよかったです。陛下もそれでよろしいですか?」
「うむ。構わん」
「では、早速ですが、今から3国揃ってスラン王国へ向かい、事情を伝えて然るべき方を連れてきてください」
「今からですか?」
ヴィアレの使者が困惑するも、当然、今すぐにである。
「時間がかかればかかるほど、モリネラの領土が広がる事になりますが?」
「……すぐにスランへ向かいます」
「ありがとうございます。それで、スランの使者なのですが」
「まだ何か?」
「ブラノア、という将軍がいますよね? スランにはこちらが希望する調停役としてお伝えください」
三度の沈黙。
モリネラ王が僕に怪物でも見るような視線を向けながら、無意識に体を仰け反らしたのか、椅子ごと後ろへばたんと倒れた。




