【やり直し軍師SS-522】南征(31)
薙ぐ、叩く、突き上げる。
ジュノスの槍が闇夜に唸った。
ルデク最強のザックハート=ローデルに膝をつかせたのは、偶然ではないのだ。
部隊単位での戦いならばともかく、個人戦でジュノスと互角の人間はそういない。
砦内はあからさまに敵のほうが多いが、勢いでは負けていなかった。ジュノスたちの奮闘で、ルベットら、帝国の兵士もやや勢いを取り戻している。
「あぶなっ! ちょっとジュノス! あなたもう少し周囲に気を払いなさいよ!」
文句を口にしたのはリュージェ。
「おお、悪い。当たらないように少し離れておけ!」
「あなたの槍に当たるような間抜けはしないわ! 単純に真ん中で槍を振るわれると戦いにくいの! あなたが隅に寄りなさい!」
リュージェは両手に持った細剣を自在に操りながら、向こうへ行けと口を尖らしている。器用なものだ。
ジュノスは苦笑しながらも、やや場所を移動する。目的は敵が湧いて出てくる建物の入り口。
一歩足を踏み出し、嫌な気配がして思わず体を引けば、今いた場所に刺さる矢。敵味方入り乱れているというのに、矢を使い始めたか。焦りが出たな。
「おい! 矢が来るぞ! 気をつけろ!」
ジュノスの声に、各方面より「応」の返事。どいつもまだ元気そうだ。ジュノスはたった今突き刺した兵士を盾にするようにして、塁壁上へ見せつけた。
「まだ息のある奴らもいるぞ! お前ら味方がとどめをさすか!?」
砦にいた奴らは本来、少数を相手に狩をするような心持ちであったはずだ。それが今、大きく予測が外れ、砦内は大混戦。
味方を射かねない中で、改めてその事実を突きつけられても躊躇なく矢を放つ奴がどれだけいるか。
ああ。やはりこのぐらいの人数での戦いは楽でいいな。負ける気がしない。
命のやり取りにも少しだけ慣れた。やたらと研ぎ澄まされた感覚によって、敵の刃が己のどこを狙っているか手に取るように分かる。
ジュノスは無心で槍を振るう。
そのあまりの無双ぶりに、敵兵が躊躇い始めるのは時間の問題であった。
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「どうなっている!? あの程度の敵に手間取るな! ましてあれらは新兵だぞ! 情けないと思わんのか!」
砦から戦況を見ながら、エボルは怒鳴った。あまりにも一方的な状況。しかもウラルらしき人物は見当たらない。ここに至り、ウラルは砦に入ってきていないと確信する。
ならばやるべきことはただ一点。青二歳どもの殲滅である。
当初の予定では、ルデク第二王子さえ討ち取れば、残りは逃すつもりだった。情報をより早く拡散させるために。
王子がいないのならば生かしておく必要はない、全てを殲滅し、この場に打ち捨てて砦を去るまで。
そのあとどうするのかは、ブラノア様の領分だ。エボルが考えることではない。
しかし今、そのどちらも成せずにいる。
援軍にきた奴らが、小勢ながら思いの外強い。特にあの槍を振るっている男、本当に新兵か? 名のある武将ではないのか?
いや、猛将だろうがなんだろうと殺さねばならない。ブラノア様にここまで段取りをしてもらいながら、一つも成し遂げられませんでしたでは合わせる顔がない。
「弓兵! 何を躊躇っている! あらん限りの矢を放て!」
エボルが怒鳴る。
「それは困るな」
エボルの耳元で声がした。
「誰だっ!?」
しかしエボルは振り向く機会を与えられず、胸を貫かれる。
「ぐうっ」
エボルが倒れた向こうでは、塁壁上から次々と叩き落とされる弓兵の姿。エボルから剣を引き抜き、それを眺めているのはゼファー。
「これで砦内は概ね制圧だな。あとは弓兵と中庭の兵士たちだけか」
そう一人呟きながら、中庭の戦いを見下ろす。
「しかしあれは、なかなかの怪物ぶりだ。なるほど。ザックハート様に勝ったというのも頷ける」
中庭ではジュノスたちの活躍で、そろそろ立っている敵が少なくなり始めていた。
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僕らがモリネラ王都に到着すると、すぐに右大臣のダラーロさんが出迎え、城内へと連れて行かれる。
礼を尽くした対応というよりは、余計なことをされないための対策のように感じられた。
「それで、両国の使者はどちらに?」
「も、もちろん陛下や宰相様を待ち、城内に」
「じゃあ早速始めましょうか?」
「い、いえ。宰相様らもお疲れでございましょう。2〜3日はゆっくり休まれてからでも……」
ダラーロさんの言葉を、陛下が一喝。
「今の言葉は、前線が未だ戦闘中だと知っての発言か?」
「も、もちろんでございます! 明日、明日には会談の準備を整えましょう! では私は準備がありますゆえ、これにて!」
そんなふうに言いながら、逃げるように去ってゆくのだった。




