【やり直し軍師SS-521】南征(30)
ジュノス達が砦に乱入する少し前。
ジュノスを先頭にした一団は、砦までの山道を疾走していた。並べられた松明を蹴り飛ばしながらの進撃である。
松明を蹴り飛ばしているのは、伏兵を追い回しているベイリューズに異変を知らせるためと、敵の弓矢に狙いうちされないためだ。
「下手すれば山火事になるわね」
火の粉が藪の中へ吸い込まれてゆく様を見ながら、リュージェがつぶやいた。
「むしろそうなれば、良い牽制になる」
ウラルの答えにジュノスは苦笑。
確か、モリネラ王都での軍議の際に、ユイゼスト、メイゼストの2人が似たようなことを提案したとウラルから聞いている。
本気ではなかったようだが、まさか自分たちが実行することになろうとは。
しかし今はそんなことを心配している場合ではない。とにかくルベット達の救出が優先である。
そうしていよいよ砦の姿が見え始めたところで、
「殿下、一度停止を」
と声をかける人物がいた。共に駆け上がってきた配下の1人、ゼファーだ。
「どうした?」
ウラルが止まれば全体が止まる。皆の注目を浴びたゼファーは、務めて冷静な表情で、
「殿下の出番はここまでです。この場所で待機となります」
と言い始めた。
「……どういう意味だと聞いている?」
やや苛立った声を上げたウラルに対し、ゼファーは全く遠慮しない。
「殿下の目的は、ジュノス達が罰せられるのを防ぐためであり、目的はこの時点で達せられております。また、敵の狙いが殿下であるならば、正直に相手に付き合ってやる必要もございますまい」
「しかし……」
まるで熟練の兵士のような物言いに、ウラルの勢いが削がれると、ゼファーはさらに続ける。
「ここから先は我らにお任せを」
いうなり、何もないところから暗器を出してみせたゼファー。その所作でジュノスも気づいた。こいつ、素人じゃない。今まで隠してたのか?
ウラルも同じように思い至ったのであろう。厳しい声で「何者だ、お前」とゼファーを問い詰める。
「我々は宰相様の命を受けた、いわば殿下の最後の切り札でございます。……取りまとめているのはサザビーとお伝えすれば、意味はわかりますな?」
予期せぬ返答にジュノスは驚いた。サザビーの部下? つまり、第八騎士団か。
「……なぜ第八の者がここにいる?」
「先ほども申し上げましたように、宰相様のご命令です。殿下の部隊には、他にも多数の同胞が潜んでおります」
そんな言葉にジュノスがリュージェを見れば、こちらに気づいたリュージェは目を丸くしたまま『私は違う』とばかりに首を振っている。
と、ジュノスはふと気づいたことがあり、思わず2人の会話に口を挟んだ。
「もしかして、この間の戦いで部隊が崩壊しなかったのは、あんたらがコントロールしてたのか?」
あの時もわずかに違和感を感じていた。崩壊しそうだった前線が、それでもどうにか形になって維持できていたことに。
「まあ、そういう面も否定はしない」
「……結局、全て宰相の掌の上かよ」
被害を最小限に抑えるという点において、宰相の考え方は間違ってはいない。むしろ感謝すべきだろう。だが、ジュノスの感情としては釈然しないものが残る。
そんなジュノスの気持ちを汲み取ったのか、ゼファーは軽く首を振った。
「ジュノス、それは少々誤解があるな。我々は本当に最後の切り札。宰相様よりは『基本的には殿下をはじめとした、新兵のやりように任せるように』と仰せつかっている。『ここが限界と感じたら動け』と。だからこのような場所に来るまでは手を出さずにいた。確かに戦場では多少助力をしたが、基本的にはお前達の力だ」
「けどよ……」
「ジュノスの言いたいことも理解はできるが、はっきり言えばお前達はまだ未熟。それでも宰相様は、あの長柄槍の戦術について誉めておられた。『正式に検討の余地がある』と」
その言葉に、ウラルが反応する。
「宰相殿が、本当に私たちの戦術を褒めたのか!?」
「ええ。このような嘘は申しません」
「そうか。私たちの戦術を、宰相殿が……」
何やら感慨深げな表情を見せたウラルは、それをすぐに改めると、決断。
「分かった。これ以上は私のわがままになる。ゼファー達を頼ろう。で、どうするのだ? ゼファー達がルベットを救出するまで、私やジュノスはここで待機か?」
「いえ。殿下には我々より警護を出しますが、ジュノス、お前達は一仕事してもらう。いいか?」
「もちろんだ。そのつもりでここまできたのだからな」
「よし。じゃあ早速砦に飛び込んで出来る限り暴れろ。お前達が暴れれば暴れるほど、俺たちの仕事がしやすくなる」
「お前ら第八はどうするんだ?」
「もちろん、この砦を獲る。成功するかはお前達の暴れぶり次第だ」
そんな言葉を受け、ジュノスは砦に飛び込んだのである。




