【やり直し軍師SS-520】南征(29)
ルベットは付き従う部下を藪の中へと屈ませると、その時を待った。おそらくそろそろのはずだ。
狙いは門番の交代時間。
門番の交代は決まった時間で、門番は常に2人だけ。敵に囲まれた砦としては信じがたい手薄さだが、注目すべきはそこではない。
この2日間、ルベットが砦の偵察に来た際、門番が興味深い行動を見せたのである。
交代する顔ぶれも同じだ。砦の中から顎鬚の男と、のっぽが現れる。2人は前任と二言三言、言葉を交わすと役割を交代する。
この後だ。
昨日までと同じであれば、おそらく……。
2人が真面目に周囲を警戒していたのは少しの間。最初に動いたのは顎鬚の方。懐から何かを取り出すと、それを叩いてのっぽへと合図した。
のっぽも心得たもので、誰も見ていないことを確認してから、揃って砦の裏へと消える。
この2人が何をしているかも確認済み。信じがたいことに、死角に隠れてカードで賭け事に興じているのである。
最初に見たときは流石に目を疑ったが、昨日までの連日、そして今日も同じ行動を見せていると言うことは、彼らにとってこれが日常なのであろう。
眼下に敵兵がいても、一切砦に近づいてこなかったので、攻めてくることはないとたかを括っているのか。
理由はどうでもいい。ルベットは視線で部下に合図をすると、物音を立てないように注意しながら砦の正門へと近づく。
進入経路は門の隣接する小さな扉。門番が出入りしている場所である。
扉に取り付き慎重に力を加えれば、なんてことはない。あっさりと扉は開く。拍子抜けするほどだ。
わずかに開いた隙間から中を窺えば、その先はまだ屋外。目を凝らすと厩のような小屋が確認出来る。ここは中庭か。
幸い中は篝火も少なく薄暗い。塁壁にへばりつくように潜り込めば目立ちはしないだろう。
こうして見事に砦に潜入することに成功したルベットは、砦内への入口を探して辺りを見渡す。
できれば炊事場がいい。そこで付け火をする。砦が混乱したところで本格的に交戦だ。うまくいけば、指揮官の首まで一気に獲れる。
全員が砦に入ると、ゆっくりと城門の小扉が閉まった。
ルベットは細かく建物を確認して、裏口らしい場所を見定める。そうしてもう少しで扉に手が届こうとした時、異変は起きた。
塁壁の上に一斉に篝火がたかれたのだ。
「!?」
その姿を照らされたルベットが塁壁上を見れば、そこには矢をつがえた兵の姿が。
「これはこれは、グリードルからのお客人がた。ディアガロス山砦にようこそ! なんのお構いもできませんが、どうぞ人生最期の時間をゆっくりとお過ごしになると良い」
勝ち誇った言葉と、砦から現れた完全装備の兵士を見て、ルベットはようやく、己が嵌められたのではないかと気づく。
歯噛みしても時すでに遅し。ルベットは即座に頭を切り替えると、応戦の構えを取った。
「固まっていては弓矢の的です! 敵の近くへ! 混戦に持ち込みなさい!」
ルベットの命令で、敵へと突撃する部下たち。ルベットも剣を抜いてその切先を敵に向ける。
ルベット自身は剣技の達人というわけではないが、それなりの腕はあると自負している。訓練通りに鎧の隙間を狙い剣を突き出すも、敵の盾に弾かれた。
逆に繰り出される攻撃。こちらには盾はない。根源的な恐怖でわずかに腰がひける。
「どうした! 殺し合いは初めてか!?」
怯んだルベットに揶揄うような声が飛んだ。
「黙れ! この卑怯者が!」
「卑怯? 何がだ? 砦にこそこそ侵入してきたネズミが、か? ん?」
「くっ」
ルベットが再び突きを繰り出すも、先ほどと同様に盾であしらわれる。今度は押し出されるような形になって、ルベットはたたらを踏みながら後退。
「こんなものか? ほれ。もう少し踏み込んでこい」
相手の遊んでいるような仕草に、ルベットは唇を噛んだ。何度斬り掛かっても適当にあしらわれる。
そんな時間がしばらく続く。なぜ、とどめを刺さない?
明らかにルベットたちは追い詰められており、既に数名が倒れている。にもかかわらずルベットに対して致命傷は与えてこない。
くそ。くそ。くそっ!
いっそ、相打ち覚悟で。
そう覚悟したルベットが、最後の力を柄にこめた時、乱暴に城門の小扉が蹴破られた。
「おい! 無事かルベット!」
そんな怒鳴り声と共に槍を振り回した人物は、近くにいた兵士をまとめて薙ぎ倒す。
明らかに強者が現れ、敵兵がそちらへの警戒を露わにすると、再び同じ人物から怒鳴り声が。
「ルベット! 生きていたら声を出せ!」
間違いない、ルデクのジュノスだ。
「私は無事です!」
ルベットが怒鳴り返せば、
「なら壁際で大人しくしていろ! まずはこいつらを片付ける!」
そんな威勢の良い言葉と共に、ジュノスたちは中庭で猛威を振い始めた。
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砦を任されていたエボルは砦から中庭に目をこらす。
ブラノアの策の通り、のこのことルデクの兵士もやってきた。帝国兵をいたぶっていた甲斐があったというものだ。
おそらく、この中にルデクの第二王子が混じっているはず。第二王子が砦に向かった情報はエボルにも届けられていた。
どれだ? かなりの体躯らしいが……。
あの一際大暴れをしている将がウラルか?
とにかく重要なのはウラルの生死。慌ててウラルを取り逃がしては元も子もない。
どこだ?
どこにいる?
しかし、どれだけ探してもウラルらしき人物は見当たらない。
なぜいないのだ?
わずかに焦り始めたエボル。
見つからぬまま時ばかりが過ぎてゆく。
彼はまだ、知らないのだ。
北の大軍師の恐ろしさを。




