【やり直し軍師SS-52】お姉様と婚約者(上)
その日、レアリーは朝から浮き足立っていた。
「ハーデン、私にお手伝いできることはないかしら?」
「お嬢様、お気持ちだけありがたく頂戴致します。万事抜かりなく準備を進めておりますよ」
「そう。じゃあ、私はエリーの方を見てくるわ!」
落ち着きなく走り去ってゆくレアリーの背中を見つめながら、執事の一人がクスクスと笑う。
「レアリー様は随分と嬉しそうでございますね」
執事としてゾディアック家を取りまとめているハーデンは、そんな同僚の様子を軽く嗜めながらも、同じく微笑みながら当主の娘を見送った。
「ラピリア様の久方ぶりのお帰りだ。しかもロア=シュタイン様もご一緒であられる。あのようなお気持ちであるのは、良く分かるとも」
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ラピリアお姉様と、その婚約者であるロア様がゾディアック家にやってくるのは、リフレアとの戦いの後では初めてのことである。
第10騎士団は現在、ルデクを支える支柱。その中心人物であるお姉様と、ロア様の忙しさは想像に難くない。
なんとか時間ができたのは、北ルデクがある程度落ち着きを見せた頃、戦いからゆうに半年以上も後のことだった。
既に世間は秋を迎え、農家が昨年の悪夢のような収穫を回避できたことに安堵していた。
ー大切な話があるので、一度帰るー
ラピリア姉様の手紙にはそうあった。この時期の大切な話、当然、ラピリア姉様とロア様の件であることは私にも容易に想像ができる。
お話の内容を考えると、私の頬は自然と緩んでしまう。少しはしたないかなと思って、表情を改めても、自分で気付かぬうちにそうなってしまうので仕方がない。
ロア様と会うのはこれで2度目だ。
お姉様の婚約者なのだから、本当はもっとお姉様と遊びに来てくれればと不満に思っていたけれど、リフレアという隣国との戦いのことを思えば仕方がない。
あの方は多分、この物語の中心にいるのだろう。私はそのように確信している。ゆえにこそ、ロア様を主人公に据えた物語を考えると、とにかく妄想が止まらない。
私は物語が好きだ。それはお父様の影響が大きい。
お父様は若い頃、物書きになりたかったらしい。そのことでお祖父様と大喧嘩をして、家を飛び出したこともあったそうだ。
けれど、残念だけど人に認められる程の才には恵まれず、物書きとしての成功の代わりに、お母様という伴侶を得て、お祖父様の元へと戻ってきた。
お母様から聞いたので、多分、事実だろう。
お父様には才能はなかったけれど、読むことはやめなかった。お陰で我が家には、無数の物語が3つの部屋を占領してひしめき合っている。
弟はお祖父様のように体を動かすことが好きで、本棚には目もくれない。けれど、私にとってこれらは、キラキラと光る宝物のような存在だ。
一度頁を開けば、男女問わず、様々な英雄が様々な活躍をして私の心をときめかせてくれる。
けれども今一番私を夢中にさせているのは、物語の中の無双の勇者でも、儚くも美しい王妃の話でもない。現実に生きるロア=シュタイン様、その人。
見た目は地味なのに、やってることは派手この上ない。
ロア様が成し遂げたことは羅列するだけも大変だ。何せ、ルデクの救世主とも呼ばれるほどのお方だから。
私も実際に会ったから分かる。何か少し、特別。お祖父様の言葉を借りれば、あのお方は「異質」ということなのだろう。
そんな人とお姉様が婚約している。
そして近々、2人が大切な話をしにウチにやってくる。私にとってこんなに心踊ることはない。
なるべく完璧にお出迎えをしたい。
ともすれば空回りすらしていた私は、その気合いのままに、あっという間に当日を迎えた。
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「レアリー! ビリアン! 久しぶり!」
駆け寄ってくる姉様に向かって、私たちも駆ける。
「お姉様!」
「お姉様!」
お姉様は私たちを抱きしめようとして、ほんの僅かに顔を顰めた。その表情を見て私は気づく。そうだ、確かお姉様はフェマスの大戦で肩をお怪我されたのだ。もしかしたらまだ、治っていないのかも知れない。
「どうしたの?」
片手でビリアンを抱きしめながら、途中で立ち止まった私に、お姉様が怪訝そうな視線を向ける。
「肩、まだ痛むのですか?」
私の質問に虚を突かれたような顔をするお姉様。それからすぐに笑顔を見せる。
「気を遣ってくれてありがとう。ごめんね。もう大丈夫なのだけど、腕のあげ方を間違えるとたまに痛むの。もう、平気よ。さ、いらっしゃい」
お姉様の言葉を聞いて、表情を確認して、嘘ではないと判断する。
それでも少しだけ遠慮しながら、お姉様の胸に飛び込んだ。
しばし再会を喜んでから、お姉様から離れた私は、ロア様とウィックハルト様に向き直る。この場にはお姉様以外は、お二人しかいない。今回はたった3人で来たのだろうか?
「あ、もしかしてルファを捜している? ごめん、今回は連れてきていないんだ」
申し訳なさそうなロア様に、私は慌てて首を振った。
「い、いえ! ただ、ロア様ともあろう方が、随分と少人数でいらっしゃったなと思いまして」
「ああ、そういうことか。実は話が終わるまでは街で待機してもらっているんだ。……ちょっと大事な話だからね」
そう口にするロア様は、覚悟を決めた人の顔で、なんだか私も気持ちが引き締まるような気がした。




