【やり直し軍師SS-517】南征(26)
ウラル隊を留め置き、宰相が出立してから3日。早ければそろそろモリネラ王都へ到着した頃か。
そこから和平交渉となれば、帰還まで早くてもあと7、8日ほどは見ておいた方がいい。
あの宰相が無策で会談に臨むわけがない。話し合いは簡単には終わらないだろう。
夕食後の鍛錬をしながら、ジュノスはひとり、そんなことを考えていた。ディアガロス山周辺は、今のところ平和そのもの。奇襲のきの字もない。
新兵には待機命令が出ている以上、何が起ころうと出番はないものの、宰相にあれだけ脅されたことを思えば、些か拍子抜けな気分だ。
「ふうー」
精神を集中し、槍を水平に構える。ジュノスのために設えた槍は、頼もしい重量を腕に伝えてきた。穂先がブレないように、切先まで神経を集中する。
「ふっ」
気合いと共に水平に薙げば、空気を切り裂く音と共に、雑草の先が宙を舞う。
再び槍を動かそうとしたその時、
「敵襲! 敵襲!」
との声が。ついに来たか! すぐに踵を返し本陣に急ぐと、すでにウラルやベイリューズが集まっていた。
「遅いぞ。ジュノス」
「わるい。それで、敵は?」
前のめりのジュノスに、ウラルは僅かに笑う。
「それほどの数ではないようだ、こちらに矢を射掛けると、すぐに撤退した」
そんなウラルの言葉を、ベイリューズが引き継ぐ。
「誘引の可能性もあるが、どうやら帝国側でも似たような騒ぎが起きている。全く放置というわけにもいかんだろう。我々が深追いしない程度に様子を見てくるつもりだ。殿下、その間、新兵隊が動揺せぬようにお任せしたく」
「ああ。任せておけ」
ベイリューズは次いでジュノスをみる。
「ジュノスも頼んだぞ。仮に他の奇襲部隊があれば、帝国兵との合流も視野に入れておけ」
「ああ。了解した」
「……くれぐれも暴走するなよ?」
「俺をなんだと思っているんだ?」
「ザックハート様にも噛み付くヤバいやつ」
「ぐ」
遠慮のない言葉ながら、ベイリューズとのやり取りはいつもこんな感じだ。いちいち腹を立てていてはキリがない。
「とっとと行けよ」
「お前に言われなくても行ってくるさ」
微妙に煽りながら、それでも「お前らも気をつけろよ」と言い残して、ベイリューズは出陣していった。
ウラルはすぐに隊の指揮官クラスを集め、軽はずみな行動は慎むように改めて通達。
それぞれが陣幕に戻ると、その場にはウラルとジュノス、そしてリュージェら手練れの独立部隊だけが残った。リュージェたちは暫定的なウラルの護衛役である。
「……思いの外、静かなものだな」
ウラルが言う通り、ベイリューズたちの戦いが風に乗って聞こえることもなければ、新兵たちが動じるような声も届かない。
元々想定されていた事態だ、新兵といえど流石に落ち着いている。
そんな中で新兵の一人が陣幕に入ってきた。
「ハオ? どうした?」
ジュノスが声をかけながらが近づけば、ハオはやや困惑したように手紙を差し出す。
「ジュノス、ルベットの密使という人物から、この手紙を殿下に渡してほしいと預かったんだが……」
「密使? どんなやつだ」
「あまり特徴のない男だ。用を足して戻ろうとしたところで声をかけられた。暗がりだったし、正直顔はちゃんと確認できていない。手紙を置いてすぐにいなくなった」
「手紙の内容は?」
「勝手に開けて良いものか迷った、だから殿下にご確認頂こうと……」
ハオの言葉を受け、
「ジュノス、お前が先に確認しろ」
とのウラルの言葉に、ジュノスは頷く。手紙ならば問題ないとは思うが、毒でも塗ってあったらことだ。慎重に開いてみれば、簡単な走り書きがあるだけ。
「……なんだこれ? どう言う意味だ?」
危険がないと判断したウラルも覗き込んでくる。
「『約束通り、砦で会いましょう』……何のことだ? ジュノス、何か聞いているか?」
「いや、知らん。だが……」
嫌な予感がよぎり、ジュノスは陣幕を飛び出しディアガロス山を睨む。
「おい、今あの辺、何か光らなかったか?」
ついてきたウラルが山の中腹を指差した。篝火の焚かれた道から少し外れた場所。目を凝らせば、何かがキラキラと光っている。
「ルベットなのか? あの馬鹿野郎!」
その光を追えば追うほど、少数の兵士の行軍にしか見えなかった。




