【やり直し軍師SS-516】南征(25)
話を聞くとは言いつつ、ルベットは剣先を密使を名乗る人物へ向けた。茫洋とした特徴のない顔の男がわずかに後ずさる。
「これは、なんの真似でございますか?」
「まずはいくつか確認させてもらいましょう。貴方がウラル殿下の配下である証明は?」
「……先ほども申し上げた通り、私は極秘の使者にございます。残念ながら、我が言葉以外、証明する術はございません」
「では話はここまで、と言いたいところですが、まずは疑問点を解消しておきましょう。私をつけていたのですか?」
「それは少々誤解でございます。私はなんとか貴殿の陣幕に、気づかれず入る方法を探っていたのです。すると、偶然にも貴殿の姿が見えたので、これ幸いとばかり……。いや、確かにこれでは、つけてきたと言われても否定できません」
「……まあ、その点はいいでしょう。では次の質問です。おそらくルデクもグリードルと足並みをそろえているはず。つまり、新兵部隊はこの場で待機。そのような状況において、ウラル殿下が軽挙妄動に出るとは思えません。よって、納得できる答えがなければ、貴方を捕らえ直接本人に伺うことと致します」
それすら答えられぬようでは流石に話にならない。ルベットが距離を詰めようとした瞬間、自称密使は慌てて言葉を続ける。
「殿下は別に、功に逸っておられるわけではございません! 考えてもみてください。あの方はいずれ王弟となられる人物。本来、功など必要ないのです」
「……その減らず口が止めるまでは、剣を止めておいてあげましょう。それで?」
「先ほど貴殿が指摘した通り、我らウラル隊も待機を命じられております。そのうえで、殿下には大きな懸念がございました」
「……続きを」
「伏兵の存在です。おそらくグリードルでも伏兵については検討されておられるかと思います。しかしながら、状況が想定を超えている可能性が出てきたのでございます」
確かにグリードル内の軍議でも伏兵に関する話題は上がった。同時に、伏兵がいても寡兵であろうと。
状況が想定を超えるとは、一体?
ルベットが返事せずにいると、男はなおも続ける。
「伏兵に対して、ルデクでは新兵を補佐する部隊が対応予定。待機命令が出ている以上、グリードルも同じかと。そこで問題になるのがあの砦」
「伏兵と併せて打って出てくるとでも?」
「ルベット様なれば、この危険性に気づかれるのではありませんか?」
「……つまりこう言いたいのですか? 熟練の兵士たちが伏兵にかかりきりになっている間に、砦の兵士が攻めかかってきたら、新兵部隊はどうするのか、と。だがその心配はないでしょう。あの砦にはそこまで多くの兵士はいないはず」
砦の規模や、現時点まで動きがないことからも、その予測はほぼ間違いないと見ていい。
あのような防衛力に不安のある砦に、まとまった兵を入れる意味はないだろう。
「さすがのご慧眼ですが、いささか誤解をしておられます。情報が足りておられない」
「それは聞き捨てなりませんね。もしもそうなら、ルデクが情報の共有を怠ったことになります」
「失礼。実は、この情報はまだ、ウラル殿下以下、わずかな人間しか知り得ないのです」
「なぜ?」
「実はウラル殿下は、砦に自前の密偵を放ちました。もちろん、独断でのことです。それが意味するものはお分かりでしょう?」
「何もするな、その命令を破っているから、安易に吹聴できないと?」
ウラルほどの立場なら、子飼の密偵がいてもなんら不思議ではない。全くの嘘というわけでもないのか?
「その通りに。そして、もう一つ理由が。内容が確実ではなく、むやみに騒げないためです」
「というと?」
「問題はあの砦自体ではなく、その奥の山中にあります。密偵が偶然目撃したのです、いくつかの松明がちらついたのを。我らのいる陣地に攻めるには、いささか距離のある場所に」
「……敵は伏兵を2つに分け、本命の奇襲部隊を隠しているとでも?」
「あるいは。尤も、たまたま猟師たちが歩き回っていただけかもしれません。故にこそ、今は騒げないのです。ここで無用な混乱を呼ぶのは好ましくないと殿下はお考えです」
「曖昧な情報で周囲を騒がせたくないという意図は理解しました。ですが、砦を落とす意味はわかりませんね」
「本当に思い当たりませぬか? 若き知将と噂されるルベット様ならば、きっと殿下と同じ考えに行き着かれるはず。砦と問題の松明までは距離がありました。麓からでは確認できぬほどの」
やや挑戦的な視線を向ける密使。ルベットは今までの会話で想定される展開を考える。
そうしてたどり着いた結論。
「……そうか。陽動部隊を使って我々を撹乱し、本命の奇襲部隊を攻め込ませるため、砦が合図役を担っている可能性が……」
「ご明察にございます。ゆえにこそ、ウラル殿下は……」
「先手を打って砦をおさえれば、相手は状況がわからず動けない」
「はっ。その通りにございます」
「しかしそのような事が本当に起こるか疑問です。……やはり、軍令違反を犯してまでも、殿下が無理強いをするとも思えませんが」
「ええ。ですのでこれは、あくまで伏兵が本当に攻めてきた際の、保険としての策にて。何も起きなければそれに越したことはありません」
何も起きなければそれで良い。確かに、それならば検討の余地はあるか……。密使はさらに続ける。
「殿下は伏兵が現れた段階で、少数精鋭を以て砦に襲いかかるおつもり。ルベット様なれば協力を仰げるかもしれないと、こうして私を遣わしたのでございます」
「しかし……」
「無論、無理強いはいたしません。気が乗らないのであれば、傍観をお願いしたく。されどもここは戦場、状況は刻々と変化してゆきます。殿下は将としてそれに対応すべきと」
「それはその通りであるが……」
「何より殿下はこう仰せでした。『宰相殿や上皇陛下をはじめ、歴史を作ってきた数々の名将は、叱責を恐れず、真に正しく行動してきた』と」
その一言に、ルベットの気持ちが大きく揺らいだ。




