【やり直し軍師SS-515】南征(24)
陣幕から出たジュノスは、すぐに大きなため息を吐いた。
「なんだ? 疲れたのか?」
息を吐ききってから、軽口を叩くウラルを睨む。
「お前こそ、若干やつれたんじゃないか?」
「うるさい。しかし、情けないものだな……私たちは」
全くもって情けないものだ。宰相から命じられたのは『動くな』『何もするな』『余計なことをせずに大人しくしていろ』だ。
あんな、のほほんとした顔をして容赦がない。
それにしても、そこまで言われてウラルが反論しなかったのは少し意外だった。
確かに初陣は惨憺たるものだったが、ジュノスから見ても、ウラルにはかなりの将器があるように思う。
そのように素直に口にすれば、ウラルもまた、深々と息を吐く。
「……宰相殿相手では、反論の術もない。聞いたか? 宰相殿は『1人の人間が考えることなんて限界がある』と言っていたが、今回のブラノアの策、結局1人で解き明かして見せた。……格が違う」
「あー、確かに。俺も同じことを思った」
ザックハートのジジイも化物だが、こうして宰相と話してみれば、あの人も別の意味で怪物だと実感する。
宰相が中心となってリフレア攻略に動いていたんなら、むしろリフレアはよく戦った方じゃないかとさえ思う。
そんな宰相が何もするなと言う。しかもぐうの音も出ないほど正論で。
「……だが、全く何も収穫がないわけではない」
ウラルが前を向いたまま話す。
「何がだ?」
「今回の遠征で、己の位置が分かった。足りぬものがはっきりしたなら、これから補えばいいだけだ。それに、遠征の大変さや、平和に対する尊さも再確認できた」
「ああ。それはウラルの言う通りだな」
特に平和の尊さについては、本当に改めて実感させられたのだ。
のほほんとした宰相が、あの瞬間だけはジュノスですら物おじするほど鋭い視線を見せた。今後間違っても、無用な戦さを望むような言葉は吐かないと決めるほどに。
「……なあウラル」
「なんだ?」
「今回の遠征から帰ったら、各地の騎士団に鍛えてもらいに行こうぜ。いろんな相手の戦い方や、考え方を知りてえ」
「ジュノスにしてはいい提案だ。ザックハート様や父上に打診してみよう。だがまずは、無事にルデクへ帰ることに集中する。『動くな』と命じられているが、逆に言えば我々に何か起こるのは間違いないようだからな」
「そうだな。他の新兵にも、うちの宰相がどれだけヤバいか交えながら、徹底的に説き伏せてやろう」
「ああ。それはいいな。宰相殿の危険さなら私も嫌と言うほど知っている」
「いっそ、帝国の新兵にも説いてやるか?」
ルデクと時を同じくして、帝国軍もディアガロス山の麓まで本隊と新兵の部隊が戻ってきていた。向こうも同じような方針になるらしいと宰相から聞いている。
「……代わりに上皇陛下の異様さを語られるかもしれんぞ?」
「……それは遠慮願いたいな」
少し緊張がほぐれたジュノス達は、そんな会話をしながら自分たちの陣幕へと戻っていったのである。
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同刻。
軍議を終えたルベットは、陣幕には戻らず、独りディアガロス山の砦の見える場所にやってきていた。
砦には麓から篝火が焚かれ、こちらを誘っているようにも見える。
ルベットの見立てが正しければ、あの砦の防御力は低い。グリードル軍が本気を出せば容易く落とせるはずだ。
軍議でそのように訴え、ルベットの部隊での攻略を提案したが、ドラク様から返ってきたのは『大人しくしていろ』の一言。
この場でルデクの新兵とともに、粛々と上皇陛下の帰りを待つのが、ルベットの任務である。
ロメロとの戦いでは満足のいく戦いを見せることができず、今回は子供の使いのような留守番。様々な気持ちが去来するのを抑え込むように、軽く髪をかきあげ、もう一度砦を睨む。
そんな時。
「グリードル帝国のルベット様とお見受けいたします……」
暗がりから突然誰かに話しかけられ、即座に剣を抜いて構えれば、相手は怯えたように後ずさった。
「私は怪しいものではございません、お味方でございます」
「味方?」
「はい。私はウラル殿下の密使です。殿下より極秘の相談をお持ちしました」
「相談?」
男は砦を指差した。
「あの場所を手に入れるための」
「……詳しい話を、聞こう」
ルベットの目が、鋭く光った。




