【やり直し軍師SS-514】南征(23)
ルデクとフェザリス派閥の関係について、僕が説明を始めると、2人はもちろん、その場にいた全員が聞く姿勢になった。
「ルデクと帝国は、ルルリアの縁を以てフェザリスと特別な友好国となった。この点は説明する必要はないよね?」
ウラルもジュノスも黙って頷く。
「でも、別に僕らは親フェザリス派閥を全面的に支持し、反フェザリスと敵対しているわけじゃない。反フェザリスの多くの国と国交もあるし、何より貿易は活発に行われている」
「しかし、フェザリスの要請に応え、海を渡り出兵したことがあったであろう?」
ウラル王子の指摘は尤も。以前、スイストでひと暴れした前例がある。でも、
「あの一件は、今回の件とは全く意味合いが違います。あれはアーセル王国がフェザリスと友好国であり、僕らはあくまでフェザリスから招かれて、アーセルに友好の使者として出向いただけです」
裏の意図では、アーセルが反フェザリス派への鞍替えの懸念があり、それを引きとめるために僕らを威嚇に利用した。だけど、公式には親善であるというのは非常に重要だ。
そしてこれは、フェザリスの軍師ドランがそうなるように段取りをしたのである。
「つまりフェザリスの軍師ドランは、僕らを本気で南の大陸の戦いに巻き込もうとは思っていないのですよ。少なくとも現状では」
「何でだ? 戦力はあるに越したことないだろ?」
「逆に聞くけどさ、ジュノス。もし北の大陸で紛争が起きて、南の大陸の強国に助力を頼んだら、その国は無償で兵を出してくれると思う?」
「いや、そりゃ、礼は必要だが……」
「君たちが体験した通り、海を越えての遠征には莫大な戦費や労力がかかる。でも、ルデクや帝国は金に困ってはいない。なら、相応の報酬となれば……何だと思いますか? 殿下」
「……領地、もしくは従属化」
「正解です。そして“それ”を手に入れた以上、もう、南の大陸の紛争は他人事ではなくなる。本腰を入れて参戦せざるを得ない。でも、フェザリスよりも国力のある僕らの参戦は、僕らの思惑など関係なく、新たな勢力の誕生を意味します。中小国家はどこに付くかで大混乱だ。フェザリスはもちろん、反フェザリスの陣営もそれは望んでいない。そして僕らにも、国内の統治事情というものがあるのです」
「確かに今は、北ルデクの安定に時間を使うべきだ。海を越えた領土の統治は余計な手間か。だが、先を見据えた場合、南の大陸に領土を得るのはルデクの新たな利益の場になる、という考えもあるのではないか?」
「殿下はまた、せっかく手に入れた平和を捨てて、新しい血を流したいと望むのですか?」
ウラルは少し体を引いた。無意識に僕の視線が強くなっていたらしい。
「いや、それは私も望んでいない。宰相の言う通りだ。私の発言が浅はかだった」
「いえ。先ほども申し上げたように、気になった点はどんどん口にしてもらって構いません。まあ、そういうわけでルデクも帝国も、うまく利用される分には多少目を瞑ります。が、南の大陸の騒乱に積極的に介入するつもりはないのです。だから反フェザリスでも、自国に友好的なら国交は開く」
ドランの要請は、僕らが介入したと捉えられないギリギリのラインをついた奇策だった。
「なるほど。前回の出兵と今回では意味が全く違うな」
「殿下の仰るとおりです。今回の要請はさして親しくもない国が、フェザリスを口実にして、僕らの力を笠に着ようとした、こちらからすれば何を言っているんだという話になります」
「では、無視すればよかったのではないか?」
「それも選択肢のひとつですが、今後似たような要請をしてくる国がでないとも限りません。フェザリスの味方のわが国を助けろ、と。なので一度、それらの国に思い知らせておく必要があります。僕らを呼ぶというリスクを」
ついでに、スランのブラノアのような人物にも。
「そのような意図があったのか……」
「で、ここからが本筋ですが、本来、モリネラが依頼してきたのは、近隣国との調停です。『フェザリスの派閥に移りたいが、隣国の圧が強くて困っている』と言う。ブラノアの目的が別にあろうと、表向きの理由は動かせない」
「そうか。それならスランは軍を動かせないのか。本来、スランは全く無関係だ。動けばスランが突然俺たちに喧嘩を売ったことになる。これじゃスランが一方的に悪だ。反フェザリスの陣営からも孤立しかねない」
ジュノスが気づいた。
「そう言うこと。ブラノアはあくまで、僕らが南の大陸に介入しないような手を打ちたかったのだから、ここで自軍を動かすのは一番やらないはずなんだ。僕が想定しうる範囲では、スランがここで動いて得になることはひとつもない」
「でもそれならそもそも、こんなところに呼び出さなきゃよかったんじゃ……」
「そこが今回の要点だよ。ブラノアに限らずだけど、端的に言って仕舞えば、反フェザリスの陣営は、僕らが怖いんだよ。いつ、フェザリスが僕らを戦いに巻き込むかわかったものじゃない。そんな状況にずっと晒されている。だから、参戦できない状況を作ろうと必死なわけだね」
それが余計な手出しだとしても、ぬぐえぬ恐怖には抗えない。
「しかし、フェザリスにもその気はないと宰相殿が言ったばかりではないか?」
殿下の言う通り。でも、世界は簡単ではない。
「すべての国が望んでいなくとも、すべての国の事情を正確に知るのは不可能です。まして反フェザリスからすれば、交戦中の敵国が、戦局を一変させる強力なカードを持っている。そして過去に一度、それをちらつかせてみせた。これだけでも十分に脅威に感じるでしょう。と言うわけで、ブラノアの勝利条件の2つ目と3つ目につながるわけですね」
「……何とも複雑な話だな……」
「そうですか? ちゃんと整理すればそうでもないんですけどね。ま、ともかく。以上の理由から、このディアガロス山の麓に大軍を差し向ける可能性は低いのです。となれば、相手が何をしてこようと、大きな被害が出るような危機でない限りは、無視するのが一番良いと」
「宰相殿の命。理解した」
「もちろん、抵抗しきれない伏兵があったら無理せず撤退を視野に入れて行動をお願いしますね」
僕の言葉に、ウラルとジュノスは神妙な顔で頷くのであった。




