【やり直し軍師SS-511】南征(20)
「おらぁ!」
ジュノスの振るった槍が敵兵を吹き飛ばす。
ザックハートの愛槍『無骨』ほどではないが、ジュノスのために造らせた、通常よりも一回り大きな槍である。
今回のために名工にしつらえてもらったのだ。飾り気のない実戦的なもので非常に気に入っている。
トール将軍や第五騎士団の団長、ベクシュタットの武器を手がけた人物だけに、切れ味は申し分ない。
また、鋼で打たれた柄による打撃も有効で、相手は穂先でなくともひとたまりもなかった。
局地戦において、ジュノスやリュージェは相応の実力を示している。しかし、状況は一向に好転しない。
理由はただひとつ。ウラル隊が弱兵であると、ヴィアレ軍から見抜かれたのだ。
そのため、数少ない手練であるジュノス達がやってくると、敵は早々に退がる。
かといってジュノス達が下手に深追いをすれば、裏をついて弱い部分を狙われた。
結果的に前線で右往左往する羽目になり、後手を踏んでいるのが現状だ。
「ああもう! 逃げるな卑怯者!」
普段冷静なリュージェであっても、ままならぬ状況に苛立ちを隠そうとしない。『こんなはずじゃなかった』そんな思いが胸をよぎる。
「くそっ! 斬られた!」
混戦の中で、ジュノスの引き連れてきた味方の一人が手傷を負う。
「大丈夫か!? 無理なら後方へ下がれ!」
「すまん! 油断したがまだ戦える!」
平気そうに見えるが、そいつの息が上がってきている。ジュノス達はずっと敵に振り回されながら、前線を走り回っているのだ。体力の消耗が激しい。
くそ! どうする?
このままでは埒が開かない。どうにか現状打破を、
「ジュノス! またきたわよ!」
と考える暇も与えられず、とにかく動かなければ。幸いなことにウラル隊は、かろうじて未だ陣形を保っている。なら、まだ巻き返す方法はあるはずだ。
名案を思いつかぬままに、新しい敵に突撃を始めようとしたその時、ついに味方の両翼が動いた。
互いに機を計ったかのように、ほぼ同時に中央の敵兵への干渉を始めたのである。
トール将軍と双子の部隊も、それぞれ別の部隊と交戦中であるにも関わらず、それを全く感じさせぬように攻め込んでくる。
まさかの動きに抵抗する猶予も与えられず、両側から切り裂かれて撤退するヴィアレ軍。
ジュノス達があれほど苦労した相手が、まるで赤子のようだ。
呆然とその様を見ていると、いつの間にはウラル隊の横を抜けて、ロア本隊も敵兵に襲いかかってゆく。いつの間にここまで進軍したんだ?
そしてついに、銅鑼が3度鳴った。ウラル隊後退の合図だ。ジュノス達の出番はここまで。
ジュノスは天を仰いで大きく息を吐く。
終わってみれば、何一つ満足にできていない。もっとできることがあったはずだが、実際にはうろちょろと槍を振るっていただけである。
悔しさしか残らぬ初陣。
天に向かって叫び出したい気持ちであったが、それをグッと飲み込んで、ジュノスは戦場から背を向けた。
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スラン王国の自室で椅子に深く座るブラノアは、手を組んで天井を見つめていた。そろそろサーバルスから知らせが届く頃だ。
矢先、ノックと共に「ブラノア様。入室してもよろしいですか?」との声が。
入室したサーバルスはブラノアの許可を得て、すぐに戦況を報告し始める。
「うむ。やはりルデクと帝国は、モリネラの助力を断ったか。そして双方で一国ずつ請け負った。予想通りだな」
「は」
「それで、戦況は?」
「ルデク、帝国ともに噂に違わぬ精強さを見せつけ、ヴィアレ、ロメロ両国とも自領内へと後退。ブラノア様のご命令通り、地形を利用してこう着状態に持ち込んでおります」
「そちらは心配していない。気になるのは例の兵士たちの方だ。どのような状況であったか?」
サーバルスを中心に両軍の情報を可能な限り調べた。その結果、一つ面白いことが判明したのだ。
どちらの軍にも少なくない新兵、もしくは経験の浅い兵士が多数いる。
おそらく、北の大陸ではしばらく大きな戦いは起きぬと踏んで、この遠征を訓練の一環とでも捉えたか。実に傲慢な考えであり、同時に、それを許されるだけの実力の発露と言える。
しかし両国の思惑はブラノアには関係ない。利用できるものは利用する。
「ほお。では、取るべきは第2案のほうだな。準備は整っているか?」
サーバルスの報告をうけて、とるべき方針は決まった。ブラノアの問いに、サーバルスもしっかりと首を縦に振る。
「は。万全です」
「では次の一手を。さすればグリードル、ルデクとも新兵を退かせるはずだ。味方の両国の準備も?」
「は。整っております」
「ならばよし。急ぎ進めてくれ」
「かしこまりました」
退出するサーバルスを見送ることなく、ブラノアは再び天井の一点を見つめ始めた。




