【やり直し軍師SS-510】南征(19)
ジュノスがウラルと2人で考案した作戦は、序盤はかなりうまくいっているように見えた。
ヴィアレ王国の兵士達は勢いを削がれ、押し出す長柄槍を嫌がり徐々に後退する。
しかしそれも最初だけ。ヴィアレ側が一旦突撃を諦め、弓矢による遠距離攻撃に切り替えると雲行きが怪しくなる。
当然ジュノス達も弓矢対策は講じてあった。あらかじめ矢盾を使う担当を定め、矢を防ぎつつ前進することを想定していたのだが、早くも予想外のことが起きたのだ。
ジュノスも気づいていなかった。最初は訓練通りであったはずの陣形が、いつの間にか思ったより密集しすぎていたのである。
兵士達はおそらく、無意識のうちに互いの距離を詰めていた。束の間の安心感を得るために。
結果的に盾の準備にもたつきが出る。そうなれば必然、矢を受け倒れる兵士が現れた。まずいと感じたジュノスはウラルへ叫ぶ。
「ウラル! 状況が悪い! 俺が出て立て直す!」
「頼んだ!」
ウラルの許可を得て、選別した別働隊を率いて前線へと急ぐも、密集した味方に阻まれなかなか進めない。
「罷り通る! 道を開けろ!」
怒鳴ったところで道は開かず。むしろ、兵士たちが徐々に後退を始め、ますます密集度が高くなってゆく。
矢から逃げようとするもの達や、傷ついた仲間に肩を貸して逆走する兵士がいるのだ。
馬鹿か! シュノスは心の中で吐き捨てる。それは最悪の選択だろう。
怪我をして身動きが取れない味方がいるなら尚更、前に出て傷兵が逃げる余裕を作るべき。全体で下がれば、倒れた兵士は前線に取り残されるだけだ。
「退がるな! 活路は前だ!」
焦り、味方を蹴散らして強引に前に出ようとした俺の腕を、不意に誰かが掴む。
「ジュノス! お前が混乱してどうする! 迂回して一旦部隊の外に出るべきだ!」
そのように提案したのは年若い娘だ。名をリュージェ。ジュノスと同じくこの戦いに志願してやってきていた。
今回の遠征。女性の従軍者はかなり珍しい。が、こいつの腕は確かだ。その強い視線に、ジュノスは多少冷静さを取り戻した。
「悪い。さすがレゾールさんの……」
「次それ言ったら、背中から刺すわよ?」
本気の声音に慌てて口を閉じると、咳払い。
「右から一旦部隊を抜け、迂回して前線に出るぞ!」
と率先してして走り出しながら、失言を反省する。
つい口に出してしまったが、あそこの親子仲は最悪なのだ。リュージェは第二騎士団ニーズホックの右腕、レゾールの実の娘である。
ただし随分前に離別し、母の手で育てられていた。どうもこの辺り、少々複雑な事情があると聞く。
詳しいことはわからないが、裏切り者の第一騎士団に、第二騎士団が味方した件が関係しているらしい。
俺が知る限りでは、第二騎士団は第一騎士団の暴走を止めるべく行動を共にしたそうだが、何か裏があるのか。
ともかく、レゾールとしては娘に穏やかな生活を希望したようだ。が、リュージェは騎士を目指した。それを知ったレゾールが苦言を呈すると、
『パパらしいこと何もしてないのに、今更口を出さないで』
と一喝。大喧嘩に発展する。
なぜ俺がこんなことを知っているかといえば、親子喧嘩の現場は第二騎士団、第三騎士団の守る北ルデクの首都の、それも王宮のただ中だったためだ。
止めようとしたニーズホックが、リュージェに思い切りすねを蹴られて悶絶して転げ回ったこともあり、両騎士団で大きな話題となった。
そもそもリュージェは、レゾールに会いにゆくつもりはなかったのだ。
が、入団を認めた第七騎士団のトールより『ちゃんと断りは入れておけ』と命じられて嫌々やってきており、それまでレゾールは騎士団に入ったことすら知らなかったと。
まあともかくその場は、脛の痛みに耐えながら、蹴られた側のニーズホックがなぜか両者に謝罪をするという不可思議な状況を持って解決した。
そのためリュージェが今回の遠征に参加したのは、レゾールに対する意趣返しではないかというのがもっぱらの噂であった。
余計なことを考えている間に、密集地帯を抜ける。あとは前線まで駆けるだけ。
「戦線を維持しろ! 活路は前だ!!」
俺は同じ言葉を繰り返し、味方を鼓舞しながら前線へと急いだ。
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新兵の部隊が若干後退を始めた。これはそろそろ両翼を投入したほうが良さそうかな。
指示を出そうか? いや、トール将軍や双子ならこちらからの指示は不要だろう。
それに……。
「思ったよりもヴィアレ軍の動きが鈍いですね」
ウィックハルトの言う通り、ヴィアレ軍の行軍はどこか消極的に見える。そうでなければウラル王子の部隊は、とうに崩壊していてもおかしくない。
「うーん。どう言う意図なのだろう? ロメロ軍となにか足並みを揃えているのかな? 帝国側の状況も知りたいところだけど……」
進軍にあたり、ルデクと帝国はディアガロス山の麓で部隊を分けた。
北のヴィアレ王国は僕らが、西のロメロ王国は帝国が対応し、蹴散らしたところでディアガロスまで戻るという予定である。
そのため帝国の状況を確認するには、きた道を戻る必要があった。
ディアガロス山の麓には、暫定的な本部を設置してある。そこまでまで誰か向かわせるか? 陛下からも情報が届いているかもしれない。
「サザビー、ちょっと頼みがあるのだけど」
「はいはい。出番っすね」
サザビーがディアガロス山に戻ってゆくのを確認して、僕はそろそろ本隊を動かす準備を始めるのであった。




